2-2 謹慎があけて

「……ねえ聞いた? あの転校生って前の学校でトロール討伐したらしいよ」

「知ってる! しかも複数体倒したんでしょ! 怖いよねぇ」


 リーシャの謹慎から今日で一週間が経った。前の学校でリーシャが起こした騒動は瞬く間に広まり、学校中の噂となっていた。

 幸いミハイルのことは公にはならず、トロール事件はリーシャとその仲間が企てた一件として広まっていた。その話はこの一週間の間に根も葉もない尾鰭がついて、最終的には有力議員の息子を殺害したことになっていた。


 リーシャが気絶させてしまったフレディ・アローは、副院長の孫としてかなり幅をきかせていた生徒だった。

 横暴で傍若無人な振る舞いをするフレディに注意した生徒や教師は今までに何人かいたが、そのすべてが副院長権限によって学院を追われていた。そして次第に誰も逆らうことをしなくなり、今ではフレディの天下となっている。

 学院長のお気に入りであるニコールがいなければ、リーシャも退学となっていただろうが、今回は謹慎で済んだのでまだマシな方であった。


「……みんな言いたい放題言ってくれるな」


 きゃあきゃあと噂話に花を咲かせている女子生徒を、リアムはキッと睨んだ。その視線に気づいた女子生徒たちは食べ終わったトレーを抱えて、いそいそとテーブルを離れていく。その背中をじっと見つめながら、ニコールは困った様子で手元のサンドイッチを眺める。


 それは食堂の女主人がリーシャのためにと、籐で編んだ籠いっぱいに詰めてくれた物だ。女店主は自分の城で横暴な振る舞いをするフレディが前から気に食わなかったらしく、リーシャのことを高く買ってくれていた。謹慎中は食堂への出入りも禁止されているため、こうして毎回お弁当を作ってくれている。寮には食堂がないのにこの校舎の食堂の使用も禁止するとは、リーシャを飢え死にでもさせるつもりなのかと憤慨していた。


「明日この噂を聞いたら、きっとショックを受けますわね」


 ニコールはリーシャの噂で持ちきりの食堂をぐるりと見回してため息をついた。ジモーネの提案で、ニコールはリーシャと寮で同室となっていた。ジモーネは食堂での一件を聞いてフレディに対してかなり怒りを露わにしていたが、校内での立場は弱いらしく助けられなくてごめんなさいと涙を流していた。


 そしてもしニコールが嫌でなければ、リーシャの味方になってあげて欲しいと同室になることを依頼され、断る理由が何一つないニコールは快諾したのだった。

 他の女子生徒からは「よく”女トロール”と同室で怖くないわね」と言われたが、ニコールはそんな生徒たちを監督生としてたしなめた。


 そして謹慎を言い渡された日の夜に部屋の引っ越しを済ませると、リーシャはおずおずと前回の学校で起こった事の顛末を話し始めた。リーシャの許可を得て嘘偽りなくリアムへも話すと、リアムは前の学校の対応を自分のことのように怒った。


 確かにトロールを複数体討伐するというのはかなりの荒技ではあるが、それはリーシャが他人を思ってしたことだと理解している。そんなリーシャが不遇に扱われたことに腹を立ててくれる、よき理解者たちであった。


 だが本当のリーシャを知らない人たちはどうしても噂話ばかり信じてしまう。その一人一人に訂正したところで火に油を注ぐだけである。それがリアムとニコールにはどうしても歯がゆかった。


「まあでも、少なくても明日から二日間は授業がありませんし、戻ってくるにはいいタイミングだったかもしれませんわね」


 落ち込んだ空気をなんとか一新しようと、ニコールが努めて明るい声を出す。それに同意するリアムをよそに、ミハイルはきょとんとした顔で二人を見つめた。


「え、明日って授業ないのか?」

「あれ、聞いてないのか? 明日から二日間は実力テストだぞ?」

「実力テスト!? そんなの聞いてない!」


 寝耳に水の情報に思わず大きな声を上げる。近くのテーブルに座っていた生徒が何事かとミハイルの方を見た。図らずも注目を浴びてしまったミハイルは、小さく咳払いをすると、努めて冷静を装った。


「範囲は五年生までの内容で、夏期休暇中にサボっていなかったか確認するためのテストだぜ」


 そんなミハイルへ、リアムは同情するような声をかける。その側では焦っているミハイルへ向けてほくそ笑むニコールの姿があった。


「今回も監督生である私が一番となって見せますわ」

「あのブラッドリーに勝てればな」


 スープをすすりながら意地の悪い笑みを浮かべるリアムへ、ニコールはぐっと眉根を寄せた。そしてイライラした様子でぷいっとそっぽを向くと、ショートケーキのイチゴにかぶりつく。


 ニコールはブラッドリーとともに六年生の監督生を務めている。この五年間、実力テストでは二人で一位を競ってきた。ブラッドリーは張り合っているつもりは毛頭ないのだが、ニコールはその勝敗にかなりこだわりを見せている。今のところブラッドリーが三回一位を獲得しているため、次のテストでは負けられないのだ。


「今回はミハイルもいるしなぁ。転入が認められるくらいだから相当成績がいいんだろ? とうとうニコールも三位落ちかぁ?」


 ニタニタとからかうリアムを、鋭い眼光でニコールが睨みつけた。あまりの形相に、リアムは慌てて口をつぐんで自らの皿に残った料理を見つめた。


「絶対に、私が一位となってみせますわ!」


 ミハイルを見つめて勝利宣言をするニコールに、ミハイルはただただ引きつった笑みを向ける事しかできなかった。




 翌日、生徒たちはいつもの教室よりも一回り大きい講堂に集まっていた。

 ノートにまとめた魔術式をブツブツと繰り返し声に出している生徒もいれば、教室の隅の方で古くから伝わる祈祷を行っている生徒もいる。中にはすでに達観しており、諦めの境地にいる生徒も見受けられた。


「いや、みんなごめんね。ご迷惑をおかけしました」


 ニコールに背を押されて気まずそうにやってきたリーシャは、開口一番にみんなへと謝罪した。みな口々に気にすることはないと励ましたのだが、ミハイルだけは完全に無視をして教科書を熟読していた。リーシャはそれに苛立ちを覚えたものの、ミハイルがどうしても三ツ星になりたいことを知っているため、ぐっとこらえてリーシャも関わらないように努めた。


 この五年間、いろいろあった中でも常に努力を欠かさなかったミハイルは、前の学校で二ツ星まで上り詰めていた。だが、グリーソン魔術学院に編入するにあたって、前の学校の評価は信用できないからと無星まで降格させられてしまったのだ。


 この実力テストのできによって、改めてミハイルの星評価が決まる。それは他の生徒にとっても同じことで、このテスト次第では降格も昇格もありえる。ミハイルのように在学中に三ツ星を目指している生徒にとっては、まさに正念場であった。


 監督生であるニコールは実はすでに三ツ星を獲得している。今回も一位を目指して勉強にいそしんでいるので、降格することはまずないだろう。リアムは元々勤勉な性格ではなく、特に目標もないため万年一ツ星であった。二ツ星以上の生徒は一度テストを失敗しても降格処分で済むが、一ツ星はこれ以上降格しようがないので落第や留年、最悪退学の危機が迫っている。


「ああ、もうだめだ……。俺は終わりだ」


 リアムが壁の一点を見つめながらブツブツ呟いてるのを見て、リーシャの目が潤んだ。


「わかる! 分かるよリアム……!」

「リーシャ……!」


 二人がまだ始まってもいないテストについて傷のなめ合いを始めたとき、教室のドアがゆっくりと開いて、一人の男性教師が気だるげに入ってきた。


「おーい、そろそろ席に着けー」


 その男はくわえ煙草に無精ひげを携え、だぼっとしたヨレヨレのローブを身に纏っている。一見してやる気がなさそうなその男をみて、生徒たちはほっとした表情を浮かべた後にちりぢりになって席へ着いた。


 全員が座ったのを確認すると、手に持っていた茶封筒を開けて中に入っている答案用紙を取り出した。

 それを一気に空中へとばら撒くと、答案用紙はバラバラと床に落ちかけ――床に投げ出される直前で、ピタリと静止した。そして生徒たちの足元を縫うように滑空すると、生徒たちが座っている座席へ一枚ずつ舞い上がった。


「あー、毎年のことだから分かってると思うが、カンニングが見つかった者はその場で落第だからそのつもりで」


 男は心底面倒くさそうに、教卓の裏側においてあった椅子へと腰掛ける。そしてローブの内側から一冊の本を取り出すと、しおりが挟んであったページを開いた。

 ちょうどそのとき、答案用紙の配布が終わった。男は一旦本から顔を上げて全員に答案用紙が行き渡ったのを確認する。


「試験管は一年担任の俺、ポール・ニルソンが務める。なんかあったら言うように。――では、始め」


 男の号令に合わせて、生徒たちは一斉に答案用紙をめくる。すぐさま羽ペンが文字を書く乾いた音が教室中に響き渡った。その様子を一瞥したポールは、興味なさそうに本へと視線を落とした。

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