1-8 そして巻き込まれる

「――おいどけよ。そこ俺らの席だろ」

「え、別に誰の席とか決まってないんじゃ……」


 リーシャが感動のあまり言葉を失っていたとき、その沈黙を破るかのように背後から尖った声が聞こえてきた。リーシャが思わず後ろを振り向くと、テーブルに座っていた下級生と思われる少年を蹴散らす、三人組の男子生徒が立っていた。


「いつも俺らがここ座ってんの。一ツ星シングルスターごときが三ツ星トリプルスターに逆らうわけ?」

「このお方が誰か分かって言ってんだよなぁ、三下?」


 長い金髪を後ろで一つにまとめている青年がテーブルの脚をガンッと勢いよく蹴った。それによってテーブルの上に乗っていた少年のトレーが膝の上へと落ちる。


「あっつッ!」


 少年が注文していたコーンスープが膝の上にぶちまけられた瞬間、あまりの熱さに飛び上がった。その様子を完全無視した長髪の青年は、空いたテーブルへとどかっと座った。


「おい、屋敷僕! 床片付けろ!」


 長髪の青年の取り巻きと思われる男が厨房へと怒鳴った。屋敷僕たちはお互いに顔を見合わせた後、二匹のテディベアがうなだれるようにして厨房から出てきた。そしてロッカーからモップを取り出すと床掃除を始める。二匹が抜けた穴を必死に埋めようと、その他のテディベアはそれまで以上に機敏に調理をしていく。

 そんな様子を全く気にもせず、取り巻きはカウンターへと並ぶと「早くしろよ!」とテディベアたちへ罵声を浴びていた。


「出来合いの品なんかフレディさんに出せるわけないだろ! 出来たてをさっさと出せよ!」


 自分たちのせいで人員が足りなくなったことなど関係ないとばかりに無茶ぶりをする取り巻きたち。そんな理不尽な様子を見ても、誰一人として声を上げる者はいなかった。それどころか、みんなうつむいて見て見ぬふりをする。たった一人を除いては。


「――ちょっと、この子に謝りなさいよ」

「あぁ?」


 リーシャは立ち上がって、背後に座っていた長髪の男へと詰め寄る。


「リーシャ! だめだ、戻れ!」


 小声でリアムが呼び止めるが、リーシャはそれをあえて無視する。そして床に座り込んで治癒魔術をかけている少年へと身を屈めた。


「大丈夫?」

「あ、はい。火傷は治癒魔術でなんとか……」


 リーシャが少年のスラックスをまくり上げて傷口を確認する。治癒魔術で火傷事態は治っていたが、跡が残ってしまっていた。リーシャは奥歯をぐっと噛みしめて立ち上がると、テーブルに両手を勢いよくついて長髪の青年へぐいっと顔を寄せた。


「謝りなさい。そして自分で床片付けなさい。六人掛けのテーブルをたった三人で占領しないの」


 リーシャの剣幕に一瞬たじろいだ青年だったが、カウンターから駆け戻ってきた取り巻き二人を見ると再び強気の姿勢にでた。


「俺が誰だか分かってんのか? 俺はフレディ・アローだぞ? 三ツ星が見えねぇのか?」


 フレディは左肩の肩章についた三つの星を指さしてニタニタ笑う。リーシャの肩章には星が一つしかついていないのを見て小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「悪いことした人が謝るのに御託がいるっての?」

「んだと、このアマ!」


 リーシャの言動によって、フレディの怒りが沸点へと達したらしい。立ち上がってリーシャに殴りかかろうとする。


「――リーシャ、危ないッ」


 ニコールがこれからリーシャに降りかかるであろう惨劇を想像し、思わず顔を覆い隠した。何度か鈍い、骨を穿つような音が響く。そして勢いよく床に倒れ込んだ音がしたと思ったら、あたりは一瞬にして静まりかえった。痛いほどの沈黙に、ニコールが覆っていた手を外してその光景を確認して、


「――え?」


 床に倒れ込んだと思っていたリーシャは、変わらずそこに立ち続けていた。状況が飲み込めず床の方を見ると、フレディを筆頭に取り巻きも含めた三人が気を失って倒れていた。顔には大きな青痣が浮かび上がっている。


「……いつかやると思ったけど、早すぎだろ」


 周囲の人が信じられない光景を目の当たりにして硬直している中、ミハイルだけがその様子を冷静に見つめていた。


「……だ、誰か校医呼んでこい!」


 どこからともなく声が聞こえた。その声に背中を押されたかのように、複数人がバタバタと食堂から走って出て行った。近くにいた上級生たちが、フレディへ駆け寄って治癒魔術をかける。


「……あの子、誰だ? フレディさんに手を上げるなんて、終わったな」


 どこからかひそひそと声が聞こえてくる。リーシャの隣に座っていたリアムが駆け寄って困惑した表情を向けた。


「リーシャ、どうしてこんなこと――」

「だ、だって、こいつらがあまりに横暴だから! 先に手を出そうとしたのはこいつらだし! こんな弱いと思わなくてッ」


 魔術師というのは魔術をもって戦うことを至高とするため、物理的な攻撃にはめっぽう弱いことが多い。リーシャは手加減したつもりだったのだろうが、生粋の魔術師たちを昏倒させるには十分すぎるほどの力だった。


「ちょっとちょっと、何の騒ぎなの!?」


 アッシュブラウンの長い髪を振り乱しながら、一人の女性教師が食堂へと入ってきた。ボディラインを強要するようなチューブトップワンピースにローブを羽織っている。輪になって群がっている生徒たちをかき分けて進むと、その中心に倒れ込んでいるフレディを見つけた。

「ちょっと、フレディくん!? 誰がやったの――」


 女性教師が声を上げた直後、白衣を身に纏った初老の男性が生徒に手を引かれてやってきた。ここまで走ってきたのか、かなり息が切れている。


「おや、これはいけない。保健室へ運ぼう。〈滑空せよ〉」


 到着するやいなや、フレディを見た男性は顔を強張らせた。上級生による治癒魔法によって内出血の広がりは止まったようだが、吸収仕切れていない出血が青々と大きな痣を形成している。意識もまだ戻っておらず、弱々しい呼吸を繰り返していた。慌てて初老の男性が浮遊魔術を唱えると、三人が宙へと浮かび上がった。そして初老の男性が保健室へ向かうと、三人もふわふわとその後についていく。


「どういうことか、説明してくれるかしら?」


 女性教師はフレディを取り囲んでいた集団をじろりと睨みつけた。生徒たちはお互いの顔を見合わせた後、ゆっくりとリーシャへ視線を移す。多くの視線を浴びたリーシャは生唾を飲み、一歩たじろいだ。


「あいつです。あいつがフレディさんを殴ったんだ!」


 集団の中にいた一人の男子生徒がリーシャを指して声を張り上げた。その声は震えていたが、リーシャに対する恐れのみで震えているわけではなさそうだ。落ち窪んだ目はリーシャではなく、何か別のものを見つめているように思えた。


「殴った? 魔術ではなく?」


 訝しんで教師が問うたが、多くの生徒がその言葉に頷いたのを見て納得したようだ。


「学内で他者への魔術使用が禁止だからって殴るとは、なんて野蛮な子なのかしら! 即刻退学に――」

「せ、先生! 待ってくれ!」


 激昂する女性教師の言葉に、同じくらい荒々しい声が被さった。全員がその声のする方を見て、その声がリーシャの隣のリアムから発せられたことを知る。女性教師は自分の発言が遮られたことにいらだちを覚えながらも、リアムへと向き直った。


「何? 私の決定に不満でも?」


 鋭い眼光で睨みつける女性教師だったが、リアムは負けずに詰め寄った。


「初めに乱暴を働いたのはそいつだ! リーシャへ罰を与えるなら、そいつにもにも罰を与えないとおかしいだろ!」

「だから何? フレディくんは三ツ星なのよ? それに副院長の――」


 女性教師がリアムへ向けて鼻で笑う。そして勝ち誇ったように何かを述べようとしたとき、リアムの背後からもう一人の生徒が踏み出してきて女性教師とリアムたちの間に割って入る。


「私の記憶を魔術で投影させましょうか? 確かにフレディさんは暴力を振るっております。何なら、私自ら学院長先生へ直訴いたしますけれども」


 顔中に皺を寄せて睨みをきかせている女性教師へ、いつも以上に上品に語りかけるニコール。その様子に、思わず女性教師はたじろいだ。そしてぎりぎりと奥歯を噛みしめると、忌ま忌ましそうにニコールとリーシャを見つめる。


「そこの女子生徒は一週間の謹慎とします! 寮から一歩も出ぬように!」

 ざわつく周囲をよそに女性教師はほくそ笑むと、そのまま踵を返して食堂を後にした。

 

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