1-6 眠り姫と水晶

 二限目の占い学の教室は東の塔の最上階に設けられている。教室は綺麗な円形をしており、その中央を向く形で半円形の長机が四列設置されていた。


 その長机が向く先にはカウチソファと小さなテーブルがあり、そのカウチソファでは今まさにボブヘアの女性が思いっきり居眠りをしていた。丁寧にタオルケットを頭まで被り、完全に外界をシャットアウトしている。


 絶句しているミハイルとリーシャをよそに、生徒たちは長机へと座っていく。どうやらこれがいつもの光景らしい。

 机の上には直径二〇センチほどの水晶が一席に一つずつ置かれていた。


「リアム! ここならみんな座れますわ」


 席を確保するために先に教室へ向かっていたニコールは、ミハイルたちが教室へ着いたのを見つけて手招きをしている。ニコールが座っているのは三列目の中間であり、そこから端にかけて残り三席分空いていた。


「席取りありがとな、ニコール」


 リアムはお礼を述べながらミハイルに着席するように促す。ニコールももう一人の転校生に興味津々らしく、ミハイルが席に着くなりあれこれと質問していた。そんな二人の様子を見たリーシャは、はっとしてリアムへと向き直った。


「リアム、お先にどうぞ!」


 ミハイルの隣に座りたくない一心でリアムへ席を譲ったのだが、満面の笑みでリアムはリーシャをミハイルの隣に座らせた。


「いやいや! せっかくの転校生同士、いろいろ話したいだろ?」


 その眩しい笑顔に嫌だと言えなかったリーシャは促されるままにミハイルの隣へ座った。ミハイルは片肘をついてニコールの方を向いている。意地でもリーシャとは目を合わせないつもりらしい。その様子を見て、リーシャもミハイルを完全に無視してリアムへと体ごと向き直ってしまった。隣同士だというのに完全にお互いを無視する様子は、端から見るとかなり異様な光景だったが、リアムたちは気づいていないようだ。


 ちょうど席に着いたとき、授業開始を知らせる鐘が鳴った。――が、女性教師は目を覚まさない。鐘が鳴り終わってしばらく経っても起きる気配がない。誰かが大声で呼びかけたが、ぴくりとも反応しなかった。


「さすが眠り姫。全然起きる気配ないな」


 リアムが呆れた様子で呟くと、それが合図だったかのように教室中からため息が漏れた。


「眠り姫って何だ?」


 ミハイルが怪訝そうに聞くと、ニコールが頬杖をついて最前列の生徒が立ち上がったのを見ながら答える。


「ジモーネ先生は学生に眠り姫って呼ばれてますのよ。いっつも寝ておりますからね」


 ニコールの視線の先では、先ほど立ち上がった生徒がジモーネへとため息交じりに近寄っていた。そしておもむろにテーブルに置かれていた水晶を持ち上げる。生徒たちの前に置かれている透明な水晶とは異なり、紫色の半透明な球体の中に白いもやが浮遊していた。そのもやはゆらゆらと揺れて様々な模様を形成している。


「先生、ごめんなさい――」


 生徒は申し訳なさそうに呟くと、水晶を頭上高くまで掲げる。そして思いっきり床へとたたきつけた。

 水晶が割れるのを想像したリーシャはその瞬間ぎゅっと目をつぶった。しかしいつまで経っても水晶の割れる音はしない。代わりに誰かの荒い息づかいが聞こえてきて目を開ける。そこにはカウチソファから身を乗り出し、床すれすれで水晶をキャッチしている女性教師の姿があった。荒い息づかいはどうやら教師によるものだったらしい。


「――あっぶないじゃないですかッ! この水晶高いんですよ!」


 取り乱した様子の教師は水晶を大事そうに撫でながら、涙目で投げようとした生徒を責め立てる。生徒は大きなため息をつきながら席に戻っていく。


「こうでもしないと先生起きないじゃないですか。嫌ならちゃんと授業開始の鐘で起きてくださいね」


 生徒の言葉に言い返すことの出来ない教師は、ブツブツと文句を言いながらカウチソファに座って生徒へと向き直った。


「あんなんであの人大丈夫なわけ?」


 不安そうにリーシャが呟くと、リアムが困った顔を浮かべる。その視線の先には水晶に傷がないかを入念にチェックする教師がいた。


「あれで占いの分野では世界的に有名な人なんだよ。ついこの間も他国の大災害を予言して被害を最小限に抑えたらしい」

「僕も噂ではよく聞いていたけど、実物がこんなにも若くて、その、なんというか……不思議な人だとは思わなかったな」


 ミハイルもその教師の一挙手一投足をあっけにとられた様子でまじまじと見つめる。教師は水晶のチェックを終えると、ゴホンと一つ咳払いをして話し始めた。


「えーっと、私はジモーネです。この占い学の講師をしています」


 そのか細い声は部屋の壁にすべて吸収されてしまいそうだ。生徒たちはなんとかジモーネの言葉を聞こうと、沈黙してその言葉を待つ。ジモーネはぐるりと自分を取り囲んでいる真剣な面持ちの生徒たちに尻込みしながらも、その顔を一つ一つ見つめた。


「去年もいた方もいれば、今年初めての方も結構いますね。去年は一年をかけて占星術の基礎を学びましたが、今年度は水晶を使った占いを学んでいこうと思います」


 ジモーネは自分の愛用している水晶を掲げてみんなに見せた。


「まずは習うより慣れろ、です! この水晶で明日の天気を占ってみましょう。では水晶に両手を重ねて――」


 ミハイルは小さく舌打ちをして水晶へと両手を重ねる。リーシャも初めはキョロキョロと周囲を伺っていたが、ミハイルをまねて同じように両手を添えた。


「明日の天気に意識を集中しながら……〈見せて観せて視せて、あなたが定めて私が明かす〉」


 ジモーネがそう唱えると、手を当てていた水晶が淡く光り輝いた。縦横無尽に流れていた白煙が水晶の中央に集まったかと思うと、そこに何かを映し出している。ジモーネはそれをじっと見つめて大きく頷くと、再び生徒たちの方を見据えた。


「答え合わせは後でしましょうね。では、みなさんもやってみてください」


 その号令を受けて、生徒たちが一斉に詠唱を唱えた。至るところで水晶に光がともる中、なかなか反応しない生徒もいる。


「うーん。俺占いみたいな乙女チックなやつ苦手なんだよな……」


 全く反応しない水晶を困ったように見つめてリアムが呟いた。ちらっと隣を見れば、ニコールの水晶は淡い光を発している。ニコールは顔をぐっと水晶へ寄せてその中をのぞき込んでいるが、眉根を寄せて難しい顔をしている。


「私はどうにもモチーフの解釈が苦手ですわ。あまりにも抽象的すぎて……。これ、何が浮かび上がってますの? 占ってるの天気でしたわよね?」


 どうやらニコールはそれが何を示しているかまでは分からないものの、少なくとも成功と言えるだけの成果を出していた。リアムはもう一度両手に魔力を集めて水晶に注ぎ込む。一瞬淡く発光したと思ったものの、すぐさまその光ははじけ飛んで静まりかえってしまった。


「やっぱりだめだぁ。ミハイルはどうだ?」

「……いや、僕も占いは苦手だから」


 リアムがミハイルの水晶をのぞき込むと、自分と同じように全く反応を見せていなかった。それを見てほっとしてミハイルに笑いかける。


「やっぱり、向き不向きってあるよなあ! 俺のの母さんも占いはてんでだめだったって」


 ミハイルはその言葉を聞いて強張っていた顔を和らげた。どこかリアム以上に切羽詰まっていた様子だったが、自分以外にも出来ない人を見つけてほっとした様子である。

 次にリアムはリーシャを見てぎょっとした。リーシャは肩肘を張って鬼のような形相で水晶を見つめている。ぎゅっと噛みしめた奥歯がギリギリと音を立てており、あまりの集中に目が血走っている。


「え、ちょっとリーシャ? そこまで思い詰めなくても……」


 リアムがかけたうわずった声にニコールもリーシャを見た。そしてぎょっとして思わず水晶から手を離した。


「リーシャ! そんなに気張ってしまいますと――」


 水晶に親でも殺されたのかと思うほど睨みつけているリーシャに、ミハイルはまずいと直感的に思った。そして自分の水晶から手を離し、半歩ニコール側へと寄ってリーシャから顔を背ける。その瞬間、ふわりと髪が持ち上がったかと思うとぴんっとその毛先まで一直線に魔力が流れる。そしてリーシャの掌が淡く発光したかと思うと、その手を起点にして瞬く間に水晶にひびが入る。


「まずい――」


 リアムが自分の顔を手で覆った刹那、水晶は大きな音を立てて破裂した。粉々に砕けた破片が縦横無尽に教室を飛び交う。


「おい、もうやめろ!」


 ミハイルが声をかけたが、リーシャの髪は未だにぴんと張り詰めたままだ。そして少し遅れてミハイルとリアムの水晶にも亀裂が走ったかと思うとこちらも砕け散った。


「きゃあッ」


 破片が飛んできた生徒が悲鳴を浴びる。リーシャの近くに座っていた生徒たちは自分の水晶を抱きかかえて逃げていく。ニコールとリアムも飛び退いて破片の襲撃を回避した。だが、ミハイルだけはまだ席に着いている。


「な、なに!? 何が起こってるんです!?」


 教室中に響き渡る阿鼻叫喚の声に、ジモーネが慌てて駆け寄ってくる。それを見たミハイルは誰にも聞こえない大きさで舌打ちをした。そしてため息を一つつくとリーシャへと向き直って、


「――落ち着け」


 低いトーンで声をかけながらその手を握った。手を握られたリーシャはびくんと肩をふるわせる。そして強張っていた顔が一気に脱力すると、同時に髪もはらりと重力に従って肩へと落ちる。駆け寄ってきた教師がリーシャと、その隣にいるミハイルを交互に見つめた。ミハイルは慌てて手を離してうつむくと、眼鏡の鼻当てを押し上げてずれを直した。


「どうしたんです? 大丈夫でしたか!?」


 おどおどと問うてくるジモーネに、リーシャは申し訳なさそうに頭を下げた。


「ええっと、緊張しちゃって! 力みすぎてしまいましたぁ」


 ジモーネはほっと息を吐くとリーシャやその周囲にいたリアムたちをぐるっと見回した。


「あらあなたはもう一人の転校生さんですね! 転校早々怪我がないならよかったです。みなさんに貸していた水晶はかなりの年代物だったので、もろくなっていたのかも……。ごめんなさい」

「先生のせいじゃないです! 私のせいなので気にしないでください!」


 しゅんとしてうつむきながら謝るジモーネに、リーシャは頭を振って答える。騒動が収まったのを見て、席を離れていた生徒たちが再び自分の席へと着いた。そしてリアムが自分の席に着こうとしたとき、うつむいているミハイルの顔をのぞき込むと、


「あれ、お前、その目どうした? 充血してるぞ?」

 ミハイルの瞳が少しだけ赤くなっているのに気づいた。

「もしかして、破片が目に入ったんですの!?」


 ニコールが慌てて顎を持ち上げて瞳をのぞき込むとして、ミハイルはその手を払いのけた。


「いや、なんでもないんだ。昨日緊張して寝れなかったから充血してきちゃったのかも。ドライアイだからよく充血するんだ。心配しないでくれ」


 ミハイルが屈託のない笑みでそう答えたが、ニコールは心配そうな面持ちで席に着いた。ジモーネも転校生二人をまじまじと見ながら、小首をかしげる。


「少しでも体調が悪かったら言ってくださいね! あ、あとリーシャさんは後で職員室に手続きに来てくださいね」


 テーブルに散らかった水晶の破片を手で払いのけながら、リーシャは大きく頷いた。


「ああ! 破片は危ないから触らないで!」


 その様子に思わず声を荒げたジモーネは、二度手を打ち鳴らした。するとカウチソファの後ろにあった犬小屋のような箱から、四足歩行の子豚のぬいぐるみが出てきた。一頭、一頭と増えていき、最後には五頭まで増えた。どう考えても犬小屋に収まる頭数ではないのだが、これも魔術なのだろう。子豚たちは散らばった破片を次々に食べて片付けていく。


 子豚たちが始動し始めたのを確認したジモーネは再び自分のカウチソファへと戻る。そして破片で自分の水晶に傷がついていないかをチェックしながら生徒たちへと声をかけた。


「占いは力みすぎると暴走してしまいますから、私のようにリラックスすることを心がけてくださいね。では、とりあえず明日の天気の答え合わせですが――」


 ジモーネが占いの解説を始める中、リーシャは小さく手を合わせてミハイルへ謝罪したが、ミハイルはそっぽを向いてしまった。そうして、占い学の授業が終わるまで、一度もミハイルはリーシャの方を見なかった。

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