1-5 再会・改

「改めましてこんにちわぁ。わたくしはマダム・ヒストリック。生き生きとした魔術の歴史をたぁんと学びましょう? ――わたくしは死んでおりますけどねぇ」


 貴婦人は自分の言葉がツボにはまったらしく、貴婦人らしからぬ面持ちで腹を抱えて爆笑している。だが生徒たちの間で誰一人笑う者はいない。


「なにあの幽霊。あんなの面白いわけ?」

「シーッ。マダムのご機嫌をこれ以上損ねたら私たちの身が持ちませんわ!」


 身振りからして優雅な少女は人差し指を口に当ててリーシャをたしなめる。リーシャはごめんなさいと両手を合わせて謝る仕草をした。


「――では、教科書の一〇二ページを開いてぇッ。魔術師とは歴史的に見れば進化をしておりまして――」


 貴婦人が指を打ち鳴らすと空中から本が出現した。幽霊である彼女は本が持てないので、浮遊している本へ人差し指を振ってページをめくる。リーシャは教科書の該当ページを開きながらニコールをちらっと見た。


「さっきは助けてくれてありがとう。私今日編入したばかりで何にもわからなくて」

「気になさらないで。あの貴婦人は見かけと裏腹に凶悪で、生徒間では初見殺しと評判ですの。新入生は毎年怪我人がでますのよ? ――私はニコール・ストーンですわ」


 ニコールはリーシャへとにっこりと微笑んだ。その少女はいかにも優等生という装いでぴしりと制服を着こなしている。女生徒の白いジャケットはノースリーブとなっており、パフスリーブのブラウスが覗いている。そのジャケットの肩部分には、腰に届く程度の長さを持ったマントが固定されていた。詰め襟のブラウスの首元には赤色の紐リボンがきゅっと結ばれており、頭には白いベレー帽をのせている。短いスカートからはガーターベルトで固定されたニーハイソックスが見えていた。


「――このように進化する部分もあれば退化する器官もありましてぇ――」


 リーシャはようやく該当ページを見つけると、しおりを挟む。そしてニコールへ手を伸ばし握手をした。


「私はリサ・グリフィス。この国の人たちは”サ”の発音が苦手らしくて、みんなリーシャって呼ぶわ」

「もしかしてこの国の出身ではありませんの? 確かに黒髪の人は珍しいですけれど……」

「母はこの国の出身よ。でも父は遙か東の国の人なの」


 その一言を聞いて、ニコールは息をのんだ。遙か東の国――現在、ノーザンブルターニュ帝国と戦争をしている小国のひとつである。ニコールが複雑な顔をしているのをみて、リーシャはあっけらかんと笑い飛ばした。


「ああ、気にしなくていいからね! 私正直言って父の国のことほとんど知らないの。気分的にはこっちが祖国だから!」


 ニコールはその笑顔を見てほっとしたように笑った。


「――そこのあなたッ。聞いていまして?」

「え、あ、はいッ」


 ビシッと指を指されたリーシャは慌てて居住まいをただす。貴婦人が手で立ち上がるように指示を出したので、自信なさげにあたりを見回しながら立ち上がった。


「聞いていたのなら答えられますわね? 魔術師が進化する過程で退化していったものとはなんですかぁ?」

「ええっと、その――」

「――吸収器官」


 ニコールが隣で小さく呟く。リーシャはその単語の意味がわからなかったが、これ以上機嫌を損ねまいとオウム返しで呟いた。


「キュウシュウキカンです!」


 貴婦人は意外そうな顔をしてふぅんと呟いた。そして面白くなさそうに掌を扇で叩いた。


「……まあ、よろしい。お座り遊ばせ」

「イエス・ユア・グレース」


 リーシャはほっと胸をなで下ろすと、ニコールに目配せしてお礼を伝えた。ニコールは口の動きで『もうっ』と一言言った後、ふふっと笑った。


「オホンッ。ええとミス――」

「グリフィスです」

「ミス・グリフィスが述べたように、魔力吸収器官は退化の一途をたどり、現在のあなた方にその能力はありません。なぜだか答えられる者はぁ?」


 すっと高く手を上げた青年は焦げ茶色の髪を短く刈り上げた、いかにも真面目そうな生徒だった。


「ミスタ・ゴズリング。どうぞお話になって?」


「魔力はそれぞれ個人によって異なります。他人の魔力を吸収することによって拒絶反応が起こり、身体的負担がかなり大きくなります。また自分の魔術回路と不適合な魔力は魔術への変換効率がかなり悪く、身体的負担をおして吸収したとしても、微々たる魔術発動しか行えません。もし通常と同威力の一節詠唱を行うためには、致死量に近い魔力を吸収しなければなりません。そのため魔力吸収を行う魔術師は激減し、ついには吸収器官が退化していきました」


「すんばらしいわ、ミスタ・ゴズリング。さすが監督生ねぇ。座ってよろしい」


 ブラッドリー・ゴズリングは誇らしげな表情をリーシャへ向けると、にっこりと笑ってから着席した。その完璧な回答に教室ではちらほら拍手があがったが、リーシャは眉根を寄せてそっぽを向いた。


「この魔力拒絶反応の名残として現在もわたくしたち魔術師を悩ませているのが魔素不適合症でぇす。ではそこの眼鏡の坊や、答えてくださる? 魔素不適合症とは?」


 ミハイルへ向けて折れた扇を差し向けた貴婦人はにっこりと笑って質問する。ミハイルは一度咳払いをすると、立ち上がった。


「魔術師は空気中に含まれる魔素を取り込んで魔力へと変換します。風土によって魔素の性質は異なりますが、基本的にはどの魔素を取り込んでも魔力変換に問題はありません。しかし魔素不適合症となった人物は、特定の魔素を吸収すると体調不良を起こし、最悪拒絶反応で死に至ります」

「よく出来ましたッ。座ってよろしい」


 貴婦人の満足そうな顔を見て、ほっと胸をなで下ろすとミハイルは着席した。その様子を見届けた後、貴婦人は黒板に向き直り、地域ごとの魔素特性などの解説を始める。みながしまっていた羊皮紙と羽根ペンを取り出してメモをとる中、ミハイルはちらりとリーシャを見た。リーシャは分厚い教科書を抱きかかえたまま爆睡していた。




「リーシャ、そろそろ次の教室へ移動しますわよ」


 激しく肩を揺すぶられてようやく目を開けたリーシャはあたりをキョロキョロと見回した。あの貴婦人はとっくに姿を消しており、教室に残る生徒もまばらだ。残っている生徒たちは先ほどのポルターガイストで飛ばされてしまった自分の私物を探しているらしい。床に這いつくばっている者もいれば、壁に刺さった羽ペンを必死に引き抜こうとしている者もいる。


「次の教室って……」


 まだ夢心地の頭をなんとか稼働させる。口の端から垂れていたよだれを手の甲で拭き取りながら、ろれつの回らない口でニコールへと問いかけた。


「占い学の教室は少し遠いんですの。担任先生が行う授業ですから遅れないようにしませんと……」

「はぁい」


 リーシャはのそりと起き上がると教科書を抱きかかえて出口へと向かった。その後ろをニコールがついて行き――急に立ち止まったリーシャの後頭部へ思いっきり顔を打ち付けた。


「――ッ! どうしたんですの、リーシャ……」


 鼻をさすりながらリーシャの背中から身を乗り出して前をのぞき込む。ニコールはリーシャより数センチほど背が低いので、そうしないと前が見えないのだ。


「あら、リアムではありませんの。その後ろにいるのは?」


 リーシャが立ち止まった目の前には、鶯色がかった茶色を揺らして歩く青年の姿があった。だがリーシャの視線はその青年ではなく、さらにその後ろにいる金髪の青年へと向けられている。リーシャが睨みをきかせてその青年を見ている一方で、青年の方はあえて右下をじっと見つめて目をそらしていた。


「こいつは転校生のミハイル。そっちも転校生だろ?」


 リアムが勢いよくミハイルの背中を叩いたため、その衝撃で前につんのめる。一歩リーシャに近寄ってしまったミハイルはさすがに無視し続ける訳にもいかなくなってしまった。はぁと大きなため息をつくと、意を決したように顔を上げる。そして引きつった笑みを浮かべながら手を差し伸べる。


「初めまして。今日転校してきたミハイル・アーデルハイトです」


 ミハイルが大仰に初めてだと言うことを強調してくる。リーシャにとっても前の学校でのことが公になるのは避けたいため、その芝居に付き合うことにした。


「初めまして。リーシャって呼んでね」


 ミハイルは誰にも聞こえないように「誰が呼ぶか」と呟いた。リーシャにだけは聞こえたらしく、誰にも見えないようにミハイルのすねをゴンッと蹴った。


「さあさあ、挨拶はここまでにしてもう行きませんと。授業に遅れてしまいますわ」


 ニコールが手を叩きながらリーシャとミハイルの間に割って入る。そしてリーシャとミハイルの背中をぐっと押すと、そのまま教室を出て占い学の教室を目指した。

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