<心がピンポンされそうだよ>
エレベーターから降りると内廊下はしんとしていた。いくつも並ぶ大きな曇りガラスからにじむように差し込む昼の光は、しっとりとフロアをただよう。
いくつかのドアを横切り目的の部屋の前で足を止める。
インターホンを二回押す。
一回は私、一回は米村。米村はトートバッグから身を乗り出し、ボタンに心臓マッサージをするように両手を重ねて押した。
「ぴんぽんっと」
ボタンを押してから両手を弾くように広げる。お米の妖精らしい白い髪がさらりと舞ったかと思うと、ボタンを押した反動で体勢を崩してトートバッグの中に見えなくなった。すぐにちょっこりと顔をのぞかせて恥ずかしそうに笑いながら私を見る。
私の心がピンポンされそうだよ。
「大丈夫かい?」
私の心臓も。
米村は前髪を直しながら答える。
「ほんとは片手で余裕なのです」
私の鼓動を造作もなく止めるのには十分だ。
そのときドアが勢いよく開いた。ティーシャツに短パンのミコッチだ。ベージュ系の色の髪が肩のあたりで揺れている。今日は後ろで結んでいない。なぜか髪のあちこちがきらめいている。
「よくきたねー! 米っちゃんとヒゲメガネ……うん、直接見るとヒゲメガネけっこう似合ってるかもしれないな。さあさあ、入って入って」
このままヒゲメガネがあだ名として定着しませんように。
私と米村は「おじゃまします」と言いながら玄関に入った。
玄関でトートバッグをそっと下ろしてピンクのスリッパに履き替える。ミコッチが持ってても履かないから私がいつも履いているやつだ。
米村がトートバッグから出てふわりと舞い上がるように飛ぶ。私の胸の前までやってきてシャツにつかまる。小さな体を手のひらでささえながら、空いているほうの手でトートバッグを持ち上げる。
ダイニングに続くフローリングを進みながら前を歩くミコッチの髪を見ると、やはりなぜか全体的にきらめいていた。
「ミコッチよ。髪、光ってないか?」
「え?」
部屋に入り玄関より明るくなったところでミコッチは振り返り足を止める。ダイニングをただよう日の光がきらきらとミコッチの髪で反射する。よく見ると光の粒が散らばっているようだった。
「なにか髪についているようだけど」
「ああ、これ氷だよ」
なんだって?
氷と言ったように聞こえたが、それはそれで謎が生まれる。
ミコッチは視線を上げて前髪をなで、そのまま手のひらに視線を落とした。
「えっと、それはどういうことだい?」
「なんか暑かったからさ。氷を削って頭にわしゃわしゃーってしたら気持ちいいかなって思ったんだよね。ちょうどかき氷器あったし」
「やったのか」
「うん」
ミコッチは「へへ」と笑った。
なるほど。……なるほど。
ミコッチは「あ」と口を開き、私を指さす。
「やる?」
「いや、私は平気だ。それに……私はかき氷をかぶりにきたんじゃなかった気がするんだ。たしか、食べにきたんだったと思うのだけれど」
「おお、そうだったか。よし食べよう」
ふと、視線を落とす。
米村は下から腕を伸ばしてヒゲメガネのヒゲを触っていた。
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