<一緒のところもある気がする>
翌日。
「いっくぞー」
「いきましょう」
玄関のドアを開ける。外廊下が白く眩しかったのは日の光のせいで、誰かが閃光弾で遊んでいたのではない。ここは穏やかな住宅街である。前に踏み出せば熱気まじりの蝉の声が身体と入れ替わる。振り返ると奥のダイニングの入り口がさっきより暗く見えた。
「いってきまーす」
「誰に言ったのですか?」
肩に下げたトートバッグには米村。中からバッグのふちを両手でつかんで私を見上げている。白い髪に陽光がきらりと反射する。
「ん。部屋」
「わからないのです」
「私も。今日も暑いね」
米村は首をかしげた。
マンションの外廊下をエレベーターに向かって歩く。昼どきではあるが暑さのせいか誰も外に出ていない。
「米村は大丈夫なのです。お米の妖精なので」
「うらやましい。私も妖精になれるだろうか」
「そうしたら米村を運んでくれる人がいなくなってしまいます」
「それはこまった。非常に深刻な問題だ」
ボタンを押してエレベーターを呼び出し乗り込む。思ったより中は蒸し暑くなかった。一階のボタンを押して扉が閉まると、微かに体が浮くような感覚がして下へ向かって動き出す。残念ながら体は妖精のようには浮かず床に足はついたまま。
「かき氷、楽しみですね」
「うん。楽しみだ。うちにもかき氷器あるんだけど、ミコッチが新しいの手に入れたから食べにきなってずっと言うんだ。ミコッチももう持ってたと思うんだけど」
「新しいものが好きなんですね。米村も常に新刊小説が待ち遠しいタイプなので、気持ちはよくわかるのです」
「なるほど」
なんだかちょっと違うような気もするけど、一緒のところもある気がする。
扉が開いて歩き出す。自然光で明るいエントランスを出口へ向かう。
出口をまたいで青空が見えるとやっぱり眩しくて、どこからかプールの匂いがした。塩素の匂いだから誰かが食器とかを消毒しているだけなのかもしれないけど、それはお家ですると思う。
数段の階段を下りて最寄り駅の方向へ住宅街を進む。ミコッチの家は最寄り駅から二駅と近い。自宅が会社に近くないのにこの距離は運がいい。この暑い中を長距離移動するのは気が重い。ほんとは二駅でも腰が重い。
米村の視線を感じてトートバッグに視線を落とす。
「……あの」
「なんだい?」
「どうしてヒゲメガネをかけてるのですか?」
私はヒゲメガネをかけていた。出かけるために着替えてから姿見で自分を見たときに、ミコッチからもらったのを思い出して何となくかけてみた。ヒゲのあたりが妖精の仲間みたいで悪くないと思ったが、今日はメガネがファッションのポイントではなかったのですぐに外そうとしたところで米村に呼ばれてそのままだった。今日のファッションのポイントはトートバッグと米村だ。
「妖精ぽくないかな」
「ちょっとだけ。でもはずしてください。人にじろじろ見られそうです」
「ごめん。人間界で目立ちたくないよね」
「そういうことではありません」
「え」
「そういうことではないのです」
「はい」
私はヒゲメガネをはずした。
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