<米村は、襲われてしまうんですよね>

 米村がスマホでメッセージを送信すると、すぐに〈既読〉と表示され相手がメッセージを読んだことがわかる。

 すぐに返信がありそうだ。

 米村がソファーの上でうつ伏せになりスマホを操作するのを、私は両腕を支えにして上からかぶさるようにして見ていた。


 下を向いて口を開く。

「米村はローマ字入力派なんだ。私もそうだよ。普段パソコンも使うからなんとなく使いやすいんだと思うけど、米村ってパソコン使ってたっけ?」

 米村は体を反らすように上を向いて答える。

「米村はパソコンはあまり使いませんが、お借りしたときに設定がそうなっていたので、使っているうちに慣れてきました。それに、ローマ字入力にするとキーが小さくなるので米村的にも丁度いいかなって思います」

「そうか、キーが多くなるから小さくなるよね」

「それから、ポチっと押すだけでいいのも米村的に高評価です」

「ああ、フリック入力って指ずらす操作だよね。なるほど」

「それと、米村はスマホが操作できて偉いですよね」

「なるほど――ん?」

 真下では二つの瞳が期待をにじませていた。

 やや強引ではないか、米村?

 しかし――

 ぐっと顔を寄せる。

「偉い」

「すごいですよね」

「すごい」

 また顔を寄せる。

 米村もさらに体を反らせて反対向きの顔を近づける。

「大人ですよね」

「大人」

 鼻先がつくほど近くなる。

 私の影に隠れても米村の瞳の奥はきらめいていた。

「かわいいですよね」

「かわいい」

 額が合わさる。

 顔が逆さ向きなので表情は見えないが、米村が小さく笑った。

 目を閉じてずっと聞いていたくなる。


 そのとき、ふいに米村が仰向けの大の字になった。

 私を見ている。

「米村は、襲われてしまうんですよね」

 そう言って目を閉じると、また小さく笑った。

 私もつられて笑ってしまうが答えなくてはならない。

「そうかもしれないなあ」

 おどけた調子で言いながら、米村の少し乱れた前髪を指先で撫でつける。

 米村は小さく悲鳴を上げる真似をしたが、やはり笑いが止まらないようで両手を口元にあてた。

 表情をぎゅっと固めようとしているせいか米村の顔が赤い。

 我慢はいけない。

 私は指を米村の前髪から頬、首筋と伝い――

 飛んで脇腹をくすぐった。

 ――ここから米村がポップコーンみたいに噴き出して笑い、ジタバタのたうち回るように暴れたことは言うまでもない。


 それから割と本気で米村に怒られ落ち着いたころ。

 米村が這うようにしてスマホにたどり着くと、メッセージが届いていた。

 騒いでいて私も通知に気づかなかったらしい。

 また米村にかぶさるような姿勢でメッセージを確認する。


『お!

 よねっちだ!

 すごい!

 あ、みこっちだよ~

 パスタは全力出して疲れたから遊ぶって!

 ちなみにわたしもローマ字入力派!』


 ――奇妙な表情の猫のスタンプが続いている。


 返信を送ったのはみこっちだった。

 状況的にパスタちゃんに教えていたのではないだろうか。そしてパスタちゃんが全力で二つのメッセージを送ったあと交代したのだろう。――パスタちゃんは疲れても遊べる元気な妖精の女の子なのだ。

 米村は返信を打ち始める。

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