船上ティーパーティー 前編
□
「──っていうことです。……というかアリシア様!聞いてます?」
カーラに呼びかけられ、カイと話していた時のことを一人回想していたアリシアはハッとなる。
「ああ、ごめんなさい。少しぼんやりしていて」
「ぼんやりって……この状態でぼんやりできるってどんな神経してるんですかあなた!」
「だからごめんなさいってば。もう一度話してちょうだい。カーラとディアナ王女が異母姉妹だってところまでは聞いていたわ」
「いやそこ聞いてたなら普通気になって続きも聞くでしょ!『え、どういうこと!?まさかカーラも王女なの?いやでも話からするとディアナ王女が国王ではない他の貴族の娘ってこと?』って混乱するとこでしょうよ!」
「ねえ、話も聞くけれどそろそろ腕が痛いの。縄を解いて自由にしろとまでは言わないから、ちょっと緩めてくれないかしら?血が止まりそうだわ」
「だからどんだけ肝据わってるんですかっ!?」
カーラは「はあ、調子狂う……」とぼやきながらも、アリシアの要求通り少しだけ縄を緩めてくれた。
「で、話の続きを聞かせてもらえるかしら?」
「……ええと、まずディアナ様はですね、偽物の王女なんです。国王陛下の血は一滴も受け継いでいなくて──」
「あ、大丈夫。それは知っているわ」
「は!?」
知らないのはカーラの生い立ちと、どうしてディアナを誘拐するに至ったかだ。
その辺りを詳しく聞きたいのだが、カーラは「アタシもこの前まで知らなかった衝撃の事実なのに、何故隣国の令嬢が知っている……」とブツブツ言ってなかなか話が進まない。
「ねえ、続きは?」
「……はあ。まあ良いです。そんなことまでご存知のアリシア様なら知っていらっしゃるのかもしれませんが、アタシの母さんが半年ほど前に亡くなりましてね。その時に──」
「えぇっ?ジルさん、お亡くなりになっていたの!?」
「あ、それは知らなかったんですね……」
「そんな……お悔やみ申し上げるわ」
愛読書の著者の訃報を思いがけないタイミングで知り、言葉を失う。
そしてアリシアが黙ったのを好機とばかりにカーラは一気に話し始めた。
「母さんは病気で亡くなったのですが、自分の死期を察した頃、今まで聞いても教えてくれなかった父のこと、それから自分の罪について話してくれました」
カーラの母親──ジルは、若い頃から王宮のお茶係として勤めていた。
ある時、城を訪れていた、未婚のクラム公爵と出会う。普通なら話すことすらないはずだったが、偶然ジルが公爵の落としたハンカチを拾ったことで、交流が始まった。
身分が釣り合わないとはわかっていながらも、ジルは公爵に惹かれていった。次第に二人の仲は深まっていき、やがてジルは公爵との子を身ごもった。
しかし、ちょうどそのタイミングで、クラム公爵は妻をめとった。王妃のはとこである、身分の高い美しい女性だった。
ジルは本気でも、もともと公爵側は遊びであり、彼女はあっさり捨てられた。
ジルはショックを受けながらも、お腹の子を一人で産み育てる決意をする。子を産んだ後王宮のお茶係に復帰することができ、どうにか母娘二人暮らしていくことはできた。それでもやはり、暮らしは辛いものだった。
彼女はある日、とうとう我慢できずに公爵の元を訪れた。少しでも金銭的援助が受けられないかと相談したが、相手にされなかった。
そして帰り際、産まれたばかりの赤子をあやす、幸せそうな公爵夫人の姿が目に入ってきた。
それを見た瞬間、ジルの中で、自分でも制御できないほどの色々な感情が爆発した。
「そしてその夜──母さんはクラム公爵家の屋敷に火を放った」
何の表情も浮かべず、淡々とした調子でカーラは言った。
「火を……」
「この国では少し有名な、15年前に起きたクラム公爵家の放火事件。その犯人はアタシの母さんだったんですよ」
犯人はわからずじまいだったはずのこの事件。アリシアは信じられない事実に目を見張った。
「罪の意識はあるけれど、自分の人生をめちゃくちゃにした人へ復讐したことは後悔していない。母さんはそう言っていました」
「そんな……」
「母さんが書いたあの自伝小説には、まるで仕事のために生き幸せな人生を送ったかのように書いてありました。だけどあれは、母さんが思い描いていた理想の姿。実際はもっと苦しく、振り返ってみて幸せとは言い難い生涯だったと思います」
カーラは、「母さんのファンだと言ってくださっていたのに夢を壊してすみません」と軽く目を伏せた。
アリシアは何を言って良いのかわからず黙り込む。
「で、ほんの数週間前のことなんです。
母の話をしている時は、淡々と、でも少し寂しそうにしていたカーラが、今度はトゲのある口調で言った。
「知った……っていったいどこで」
「数ヶ月前のことでしょうか。ディアナ様がずっと想いを寄せていたグランリア王国の王子が婚約を決めたという話にショックを受け、部屋に引きこもっていました」
その話は、前にも聞いた。カーラもかなり心配していたと言っていたはずだ。
「アタシは、あまりに悲しんでいらっしゃったディアナ様が不憫で、力不足だとはわかっていながらも、聞きに行こうと思ったんです。今からでもディアナ様をその王子の妃にさせることはできないのかって」
でも、そんなことしなければ良かった。そう言いながらカーラは自嘲気味に笑う。
「偶然、本当に偶然です。その時に国王夫妻が話しているのを聞いてしまったんです。ディアナ様のことは本当に隠し通すべきなのか、と深刻な雰囲気で話し込んでいました」
気になったカーラは、息をひそめその話を聞いてしまった。今まで自分が王女だと信じて仕えてきた相手は、自分の腹違いの妹であり、母に辛い思いをさせた公爵家の令嬢。すっかり混乱してしまったそうだ。
「聞かなかったことにしようと思いました。今まで通りディアナ様には王女として接しよう。……でもやっぱり無理でした」
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