ハーリッツ家
□
「アーリーシーアーちゃーん!」
「うわっ!レミリア姉様……!」
王城でアリシアに嫌がらせをしてきたうちの一人であるお茶係のカーラ・ブラントに接触した翌日。
アリシアは予定通り、ノアと共に、姉のレミリアが住む屋敷に訪れていた。
屋敷に着いたアリシアを迎えたのは、使用人ではなくレミリア本人だった。ゆったりめのワンピースにふんわりした髪を下ろした夫人らしい装いの彼女は、玄関先でアリシアの姿を認めるなり、すごい勢いで駆け寄り抱きしめてきたのだ。
「遠くから遥々よく来たわね!会いたかったわ!」
「わたしもです……けど、苦しいのでそろそろ離してください……」
腕に力を込めたまま離れようとしない姉にアリシアは苦しげな声を上げるも、レミリアが力を緩める様子はない。
すると屋敷の奥からバタバタと慌てたような足音がしてきて、人の良さそうな30代くらいの男性が姿を見せた。
「れ、レミリアさん!落ち着いて!あんまり暴れると身体に響くから」
「えー?」
アリシアは不満そうに口をとがらせるレミリアに抱きしめられた状態のまま、男性の方に顔を向けた。
「お久しぶりですエドモンド様。数日お世話になります」
「お久しぶりです。ようこそいらっしゃいましたアリシアさん」
にこやかに答える彼は、エドモンド・ハーリッツ。ハーリッツ子爵家の当主であり、レミリアの夫だ。
祖国では多くの男性から求婚されていた、美人で華やかなレミリアが、心優しいが地味で気弱そうなエドモンドを夫に選んだことは、二人を知る人たちに大いに驚かれていたものだ。
中には、「レミリアはエドモンドに弱みを握られているのではないか」と憶測する者までいる。だが、レミリアが本当にエドモンドを愛し、彼もまたレミリアを愛しているのをアリシアは知っている。
二人の関係はアリシアにとって憧れだ。
「ほらほらレミリアさん。アリシアさんが来たら、この前手に入れたお菓子を一緒に食べようって張り切っていたじゃないか」
「あっ、そうだったわ!」
エドモンドに言われてレミリアはようやく力を緩め、アリシアの手を取った。
「行きましょアリシアちゃん。人気でなかなか手に入らないお菓子を買えたの」
「わあ、それは楽しみです!あ、そういえば美味しい紅茶の茶葉を持ってきたので淹れましょうか?」
「ええ、ぜひお願いするわ!アリシアちゃんが淹れたお茶って美味しいのよね」
「ふふ。今日持ってきた紅茶は、この国の王宮のお茶係がオススメしてくれたものなんです」
昨日カーラにお詫びの印として飲ませてもらった紅茶は、今まで飲んできた紅茶の中で五本の指に入るほどの美味しさだった。
赤く透き通った美しい
あまりの美味しさに感動したアリシアは、無理を言って茶葉を少量買い取らせてもらっていた。
「あらあら、それは楽しみね。ならまずは台所に案内するわ」
予想していたよりも広いこの屋敷は、台所の広さもなかなかのもので、茶道具も上等なものが一式揃っていた。聞けば、アリシアに影響されお茶好きになったレミリアが買い揃えたらしい。
早速その道具と持ってきた茶葉を使って紅茶を抽出すると、昨日飲ませてもらったものと同じ芳醇な香りが漂ってきた。
その香りに目を細めうっとりした表情を浮かべるレミリアが思い出したように言う。
「あら良い香り。そういえば王家の主催するお茶会に行った時に一度だけ飲んだことがある気がするわ。あ、もう持って行っても良い?」
「わたしが持っていくので大丈夫ですよ」
「もう、アリシアちゃんは一応お客様なんだからね」
頬を膨らませるレミリアは、先ほど言っていたお菓子(クリームを大きめのクッキーで挟んだものだった)を皿に出してトレイに乗せる。そのトレイを持ったまま、一緒に台所を出た時だった。
「きゃっ」
レミリアは小さな段差の存在を忘れていたらしく、つまずいて一瞬よろけた。
すぐに体勢を立て直したが、それを見ていたらしいエドモンドが少し焦った顔をして寄ってきた。
「レミリアさん!大丈夫?気を付けてっ……」
「もう、大丈夫よ。ちょっとつまずいただけ。エド様は心配性なんだから」
「だってレミリアさんは今……」
「ほらじゃあ代わりにこれ持って。早くしないとせっかくアリシアちゃんが淹れてくれた紅茶が冷めちゃうわ」
エドモンドはレミリアに手渡されたトレイを小さくうなずいて受け取る。
二人のやり取りを見ていたアリシアは、思わずクスリと笑って耳打ちする。
「愛されてますね、姉様」
「ん……まあ、ね。心配しすぎだとは思うけど」
レミリアは困ったように頬をかくが、緩んだ口元を見るに、まんざらでもなさそうだった。
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