第十三章:Trough the Fire/01

 第十三章:Trough the Fire



『っしゃあ! 来やがれ虫ケラども! この風見宗悟様が相手になってやるってんだ!』

『別に直接手合わせをにするワケじゃあないけれどもね。……よし、読み通りに上手く食い付いてきている。宗悟、このまま予定通りのルートで敵をおびき寄せてくれ。行きがけの駄賃で二、三匹ぐらいは食べてしまっても構わないから』

『ああ、分かったぜミレーヌ!』

『…………そういうことだ。こっちは宗悟に任せてくれ。イーグレット1、クロウ6はそのままの進路を維持。大丈夫だ、此処からでも君らの様子は把握している。僕の方がAWACSエーワックスよりも早い……君らの水先案内人は僕に任せてくれ』

「了解よ、ミレーヌ! ――――露払いはアタシたちの役目。クロウ6、アンタは大事に抱えたとっておきのミサイル、離さないように付いて来なさい!」

『言われるまでもないわ、メイヤード大尉。……桐山少尉、こちらに来ている敵の数は?』

「ざっくり二割ってところです。大半は宗悟たちが引き付けてくれているから、この二機なら突破は難しくないはず」

『了解。……私が残してあるミサイルはAAM‐03が一発のみ。まさに失敗の許されない任務ね』

「あら、ガラにもなく怖じ気づいた?」

『まさか。この隼のエンブレムに賭けて、必ず成し遂げてみせるわ』

「ん、なら良し。――――さあて、斬り込むわよッ!」

 宗悟機が上手く立ち回って敵機の……護衛に上がって来たモスキート・タイプの大半を引き付けてくれている中、その隙を突く形でアリサと翔一の≪グレイ・ゴースト≫、そしてソニアの≪ミーティア≫が敵艦目指し一直線に飛んでいく。

 勿論、アリサ機がエスコート役だ。虎の子の大型ミサイルを抱えたソニア機を先導しつつ、彼女の道を切り拓くのが翔一たち二人の役目。ソニアを無事に敵艦の奥深く……敵艦の喉元まで送り届けることが、アリサたち二人の担う役割だ。

 今まさに翔一がソニアに報告した通り、宗悟機が上手く敵機の大半を引き付けてくれているお陰で……こちらに向かってきているのは目標のキャリアー・タイプに張り付いている護衛機、その総数の約二割程度でしかない。四割ぐらいはこっちに来ることも覚悟していただけに、これには翔一も、そして他の二人も内心でホッとしていた。尤も、皆一様にそれを顔に出してはいなかったが。

 とにかく、これぐらいの数ならばアリサの≪グレイ・ゴースト≫一機でも十分にソニア機をエスコートすることは可能だ。

 ≪グレイ・ゴースト≫が腹下に吊したレーザーガンポッドの高い威力ならば、たかがモスキート・タイプ程度は一瞬で溶かせてしまう。固定装備のガン……レールガトリング機関砲の二〇ミリ砲弾の残数にも十分余裕はあるし、何より向かい来る敵機の全てを馬鹿正直に相手にする必要もないのだ。突っ走ってミサイルを叩き込み、全速離脱。たったそれだけのことならば……多勢に無勢のこの状況下でも、勝算は十二分にある。

 それに何より、少数精鋭での電撃戦を望んだのは他ならぬアリサだ。敵機の大群の合間をすり抜け、敵艦の弱点にだけピンポイントでキツい一撃を叩き込み……そしてそのまま逃げ切れるだけの腕前を有する者たち。そんな選りすぐりを集めたのが、今この宙域に在る三機なのだ。

 彼女は勝算があると踏んで、確かな自信とともに少数精鋭での電撃戦を選択した。捨て身の特攻などではなく、生きて帰れると踏んだ上で、だ。

 ならば――――翔一に出来ることはひとつだけ。彼女の判断を信じ、そして精いっぱいサポートしてやるだけのことだ。

「さて、お出ましだ……! ヘッドオン、約三〇!」

 だから翔一は目の前の計器盤モニタ、そこに映るレーダー表示を凝視しつつ、前席の彼女にそう報告した。

「オーケィ、見た通りの熱烈大歓迎ね!」

 そんな彼の報告に対し、アリサが目の前の視界――――キャノピーの内側いっぱいに映し出されている表示に視線を走らせながら頷き返す。

 ≪グレイ・ゴースト≫のキャノピーに浮かび上がっているのは、敵機を示す四角い緑色のターゲット・ボックスだ。機体の正面に展開した敵機の数は、翔一が報告した通りおよそ三〇機。正確に言えば三三機か。その全てが、今まさにアリサ機とソニア機を屠らんとしてこちらに迫っていた。

「有象無象は無視よ! あの中を突っ切る! ソニア、アタシの飛行ラインをなぞって!」

『了解。盾役は任せたわ』

「はいはい……ったく、手の掛かること!」

『最適な突破ルートの候補は三通りか。その中で一番ベストなのは……うん、把握した。

 …………アリサ、僕に念話のチャンネルを絞れるかな? 口で説明するよりずっと早い』

「ん? ……ああ、そういうこと。分かったわ」

 ミレーヌとの少しの会話の後、アリサは数秒押し黙ったかと思えば……全て心得たと言わんばかりに彼女へと頷き返す。

 ――――念話。

 ESP能力者ならば誰しもが例外なく持ち合わせている、分かりやすい言い方をすればテレパシー能力だ。普段は特に使う理由もないので使わないが……言葉では説明しづらいことを伝える時なんかには役に立つ。

 まさに、今のようにだ。ミレーヌは今の数秒でアリサに対し、目の前の敵集団との交戦を最小限に、最速で敵艦まで突っ切れて、その上で尚且つ最も低リスクなルートを提案し、その道筋を念話で彼女に教えていたのだ。

 言葉を介してだと伝えづらいことでも、こうして念話ならば簡単に相互理解が出来る。ある意味でこの能力は、より高次元のコミュニケーションの術、ヒトとヒトとがより深いところで分かり合える手段と言っても良いだろう。

 ――――と、少し余談が過ぎたが。何にせよそうしてミレーヌが割り出した最適なルートを一瞬の内に理解したアリサは、後ろに続くソニア機を従えて敵集団の中へフルスロットルで、手加減抜きの最大加速で突っ込んでいく。

「クロウ6! アンタは付いて来ることだけを考えて!」

『付いていくだけでも精いっぱいよ……!』

 物凄い数が重なって響き渡るロックオン警報を意にも介さぬまま、そして絡みついてくる敵機の大群にも構わぬまま。アリサはソニア機とともに敵集団のただ中へと勇猛果敢に突撃を敢行した。

 右へ左へと旋回しつつ、時に激しいバレルロールなんかも交えた回避行動を取りつつ。しかし敵機とは一切関わらぬまま、≪グレイ・ゴースト≫の漆黒の翼が敵機の大群、その合間を縫うようにして駆け抜けていく。

 そんな中、幾つも敵からのミサイルが迫ってきたが――――そこはアリサ機とソニア機、双方が出し惜しみ抜きに炊きまくったチャフ・フレアでどうにか誤魔化しつつ、速度を殺さない範囲の回避運動でどうにか避け続ける。

 時には敵ミサイルの豪雨を凌ぎつつ、時には目に付いた数機をレーザーガンポッドの掃射ですれ違いざまに撃墜しつつ………。そんなアリサたちの電撃的な突撃は、とてつもなく危ういものだった。

 喩えるなら、ビルとビルの間に渡した綱の上を一輪車で渡っているようなものだ。それぐらいに危うい状況下、しかし二機ともが一切被弾せずにいられるのは――――ひとえに、ミレーヌのお陰だ。

 彼女が広域空間把握能力でリアルタイムに得ている敵機の正確な位置情報を元に、最小限の交戦と危険度で突っ切れるルートを念話でアリサに指示してくれている。だからこそ、二機はこんな危うすぎるにも程がある中でも、被弾ひとつ喰らわないままに未だ飛べていた。

 当然、戦況は一秒ごとに変化している。だから取るべき最適なルートも一秒ごとに変化していくのだが、ミレーヌはそれに応じて細かく変更を念話で伝えている。そんな細かい変更に即座に応じるアリサの腕前も流石だが……それ以上に、ミレーヌの指示があまりに的確すぎる。

 今も尚、戦局は刻一刻と変化し続けている。そんな中で、全ての位置を正確に捉える彼女の能力と……そしてそれらの情報を総合し、リアルタイムで戦術を変えていく彼女の明晰にも程がある頭脳。それを組み合わせた指示は恐ろしいほどに的確なものだ。

 それこそ、こうしてギリギリの中で機体を飛ばしながら、アリサが頭の片隅で思わず驚嘆してしまっているほどに。それほどまでに、ミレーヌ・フランクールの指示は的確で、それでいて何処までも合理的なものだった。

「アリサ、敵の防空網を突破した!」

「勝負はこの先よ! ……ソニア! アタシたち全員が片道切符になるのは御免だからね!?」

 そうして数十秒後、ソニア機を引き連れたアリサたちの≪グレイ・ゴースト≫が敵モスキート・タイプの大群の中を無事に突破。そうすれば目の前に見えるのはもう、打ち砕くべき彼女らの標的――――敵キャリアー・タイプの巨大な艦影だけだ。

 それを目の前にして、アリサと翔一は共に息を呑む。此処まではどうにか辿り着けた。自分たちに出来ることは全てやってのけた。後は……後の一切合切は全て、彼女次第だ…………!

『……分かっているわ、皆まで言わなくても』

 ≪グレイ・ゴースト≫の後方に続く、制空迷彩のGIS‐12E≪ミーティア≫。垂直尾翼に隼のエンブレムを誇りとともに掲げたその機体のコクピットで、ソニア・フェリーチェは静かに頷き。いつものように、慣れた手つきで発射兵装を選択する。

 ――――AAM‐03 RDY。

『イーグレット・リーダー、此処までのエスコートに感謝するわ。流石に腕前だけは一流ね、貴女は』

「馬鹿、アンタはほんっとに一言余計なのよ」

『それが私よ、ソニア・フェリーチェという私なの』

「はいはい……。イーグレット1よりクロウ6、後は任せたわ。チェック・メイトを打つのはアンタの役目よ」

『――――ええ、任せて頂戴』

 アリサの言葉に頷き返しながら、ソニアはヘルメットのバイザーの下でスッと眼を細める。

 その顔に、一切の笑みは浮かんでいない。油断も奢りも、何もない。あるのはただ、氷のように冷たく冷え切った鋼鉄のポーカー・フェイスのみ――――。

 ソニアは操縦桿の感触を一瞬だけ指先で確かめつつ、細めた双眸で前を見据える。HUDの先、キャノピーの先。目の前に見えるアリサ機の更に先……加速度的に迫る敵艦、キャリアー・タイプの艦影だけを、彼女の冷えた翠色の双眸は見据えていた。

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