第五章:極東の大地、我が愛しき故郷(ふるさと)で/04

 翔一に導かれ、四人が向かった先は例の校舎裏にある一帯――――ではなく、学院校舎の屋上だった。

 あの場所をアリサが見つけるまで、長らく翔一が住処のように使っていた場所だ。あるときは昼休みに昼食を摂る為に訪れ、あるときは授業をサボって昼寝と洒落込むためにやって来た屋上。例の校舎裏ほどではないが、それでも人気ひとけのないそこへと、翔一はミレーヌたちをいざなっていた。

「おおう、愛妻弁当。妬けるねえお二人さん」

 そうして、翔一とアリサは通用口近くの日陰になっている場所のベンチに腰掛け。宗悟たちが少し離れた……日向にあるベンチに腰掛けている傍ら、アリサはいつものように二人分の弁当を広げてみせる。

 とすれば、それを見た宗悟がニヤニヤと二人を茶化してきた。「へえ、やっぱり君らはそういう関係だったんだね」と言うミレーヌも、透かした表情の上に好色じみた色を薄く浮かべながら、やはり宗悟と同様にアリサたちを茶化してくる。

「う、うっさいっ!」

 そんな風に茶化してくる二人を、アリサは頬を朱に染めながら誤魔化すと。そのままぷいっとそっぽを向いて、弁当箱だけを隣の翔一へと差し出してくる。

「君は相変わらずだな、そういうところ……。まあいいや、頂くよアリサ」

「相変わらずって、どういう意味よ翔一っ」

「言葉通りの意味だよ、アリサ」

「……馬鹿っ、翔一の馬鹿っ」

「君に罵倒されるのも、案外悪くないね」

「…………そういうトコなのよ、ホントに……もうっ!」

 顔を真っ赤にしたアリサを薄い笑顔であしらいつつ、翔一は彼女から受け取った弁当箱を開き、早速その中身に箸を付け始める。

 相変わらず、料理上手のアリサが作ってくれる弁当は美味しいの一言だ。ここ最近は更にウデを上げたみたいで、実を言うと技術的な観点からも、近頃は昼休みにこうして彼女の弁当を食べるのが楽しみになってきている。和食指南役の南様々といったところだが……この分だと、真面目にそろそろ和食の腕前もアリサに追い抜かれてしまうかもしれない。翔一がそんな危機感を一瞬覚えてしまうぐらいには、最近のアリサの料理の腕前は特に上がってきていたのだ。

「さてと、僕らも愛妻弁当と洒落込もうか」

「おっ、いいねえいいねえ。……コンビニちゃんの手作り弁当、全く最高だぜ」

「コンビニ弁当もそう悪いものじゃあないよ。……宗悟は唐揚げ弁当とハンバーグ弁当、どっちが良いかな?」

「今日の気分はハンバーグ……と言いてえところだが、レディ・ファーストさね。ミレーヌが先に選べよ」

「ふふっ。そう言うと思って、もうハンバーグ弁当に手を付け始めたところだよ」

「…………いや、酷くねえ?」

「いいじゃないか、レディ・ファーストなんだろう? 今日の君はきっと唐揚げ弁当の気分だと思ったんだ」

「……うん、俺これミレーヌには一生勝てねえな。今ハッキリと理解した」

「女の子に手玉に取られるというのも、中々どうして悪くないだろう?」

「くやじい……! 全く以て否定できない自分が居るのがくやじいです……!! どうしたら良いんですか……! おせーてください、ミレーヌ先生っ……!!」

「笑えば良いと思うよ?」

「笑えねえよぉ!」

 アリサと翔一がいつも通りにアリサお手製の弁当を食べ始めている傍ら、宗悟とミレーヌはそんな気の抜けたやり取りを交わしていて。ひーんとわざとらしく嘘泣きをする宗悟の横で、ミレーヌが皮肉っぽい表情を浮かべながら、宗悟のチョイスを待たずして蓋を開けてしまったハンバーグ弁当に手を付けている。

 そうして自分のハンバーグ弁当を食べながら、ミレーヌがしれっと片手間にもう一個の唐揚げ弁当を宗悟の膝の上に置いている辺り……何というか、あの二人らしいというか。

「あの二人、仲良いわよね」

 そんな二人を遠巻きに眺めつつ、箸で摘まんだ唐揚げを囓りながら、何気ない調子でアリサが呟く。地味に宗悟のコンビニ弁当とネタ被り感があるが、その辺りは手作りとの差ということで敢えて気にしない方向だ。

 翔一もそれにああ、と頷き「お似合いの二人だ」と呟き返した。

「問題は、お互いがお互いの気持ちに全く、これっぽっちも気付いていなさそうな点だけれど」

「それは……うん、そうね。見ててじれったいわ」

「といっても、こればかりは本人同士の問題だからな……僕らが横からどうこう口を出すべき問題じゃあない」

「だからこそ、余計にじれったいのよ」

「ははは、分かるよアリサ。君の気持ちは凄く分かる」

 やれやれと肩を竦めるアリサに翔一は小さく笑いかけると、そのまま二人で……遠くの宗悟たちが尚も夫婦漫才じみたやり取りを交わしているのを遠巻きに眺めながら、それぞれの膝の上にある弁当箱の中身を摘まみ続けていった。

「……その、翔一」

 そうして二人で並んで食べ続けていて、もう中身の八割ぐらいが消えた頃だろうか。アリサがふとした折に、隣の翔一にそっと囁きかけたのは。

「ん?」

「あの場所のこと……てっきり、アイツらに教えるかと思ってた」

 彼女の言うあの場所というのは、他でもないあの場所。アリサが見つけた、校舎裏の果ての果てにある、全く人気ひとけのない一帯のことだ。最近はずっとあそこで昼休みを過ごしていたから、アリサはてっきりあの場所のことを宗悟たちに教えてしまうのかと思っていたのだろう。故に、教室ではあんな微妙な表情を浮かべていたのだ。

 それを最初から分かっていたからこそ、翔一は柔な笑顔を崩さぬままで「そんなこと」と彼女に返す。

「あの場所は、僕とアリサだけの場所だ。だから他の誰にも教えたりしない。誰でもない、僕自身が嫌だから」

「うん。だから、その……ありがと、秘密にしておいてくれて」

 俯きながら、恥ずかしそうに……ほんの少しだけ頬に桜色を差して言うアリサの方に、そっと横目の視線を流しながら。翔一はやはり穏やかな笑顔で「当然だ」と言う。

「でないと……君と一緒に、ゆっくり出来る昼休みがなくなってしまうからね」

「ふふっ……なにそれ。でも、アンタらしいかも」

 おかしそうに笑った後で、アリサは小さく肩を竦め。そして同じように彼の方へ横目の視線を流すと……綺麗な金色の瞳で、翔一の瞳を射貫く。互いに互いの視線を交錯させ合いながら、ごく近い距離で隣り合って座る二人は、互いに穏やかな笑顔を向け合っていた。

 アリサたちがそんな言葉を交わしている間にも、いつしか宗悟たちは昼食を食べ終えていたようで。満腹になった宗悟はうーんと大きく伸びをして、頭上の蒼穹そらを見上げると。何気なしに、心の底から――――こんなことを、口走っていた。

「やっぱり良いモンだなあ――――故郷ふるさとってえのは!」

 そんな彼の見上げる蒼穹そらには、薄い二条の飛行機雲が浮かんでいた。まるで、彼の帰郷を歓迎するかのように。何処までも伸びていくような、真っ白い飛行機雲たちが――――。





(第五章『極東の大地、我が愛しき故郷(ふるさと)で』了)

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