第十六章:それでも、君と飛べるのなら/05

『マズい、追いかけてくるわ……!』

『クロウ12、アンタはさっさと離脱なさい! コイツはアタシが面倒を見る……!』

『でも、イーグレット1……メイヤード少尉ッ! それじゃあ、貴女が……!』

『馬鹿言わない! 大怪我した機体でどう戦うってえのよ!

 …………それに、アタシはもう嫌なの! アタシの手の届く範囲で、アタシが何もしないで、誰かが目の前で死んでいくのは! もう……もう、沢山なのよっ!!』

 二人が別れてから、ほんの少し後のことだ。乱戦空域からの離脱を図っていたクロウ12が、しつこく追いかけてくるモスキートに捕捉されてしまっていた。

 それを庇う為、大破した彼女を逃がす為にアリサはクロウ12から離れ、追いかけてくるモスキートの気を引こうと食って掛かっていく。引き留めるクロウ12に、そんな悲痛な叫びを返しながら。

(アリサ……!)

 ――――自分の手の届く範囲で、自分が何もしないで、誰かが目の前で死んでいくのは……もう、沢山。

 その言葉の意味を、裏にある彼女の過去を……アリサの背負う重い十字架を知っているからこそ。彼女が叫んだその言葉が、翔一の胸に深々と突き刺さる。

 そして――――同時に、こうも思った。今のアリサを、やはり独りにしてはいけないと。

 それは直感、いいや確信だった。未来を見通す己が力が訴えかけてくるのだ。最悪の未来は……まだ、避け切れたわけではないと。

「……クロウ1、三機だけで持ちそうですか?」

 だから、翔一は彼女の元に行くべきだと思った。今まさにクロウ隊の三機……榎本に生駒、そしてソニアの三機とともに飛び、レーザーガンポッドで残り物を掃討している最中だったが。しかしこれを投げ出してでも、今は彼女の元に駆けつけるべきだと……翔一は直感的に、そう思っていた。

 故に、彼は榎本に問うた。彼らを置いていくのは忍びないが……それでも、行くべきだと確信していたから。

『スピアー1……桐山准尉、それはどういう意味だ?』

「アリサが危ないんです。……だから、僕は行かなくちゃならない。でも、大尉たちを置いていくことになってしまいますから」

 翔一が呟いた、その言葉の中にある重みを聡く察すれば。榎本はただ一言『……そうか』とだけ頷き、

『なら、行くんだ。君は俺の部下じゃあない、何をしようが自由だ』

 と、彼の離脱を許可した。

「すいません、大尉……! スピアー1、離脱します!」

『……自分の手で守ってやれ。俺の二の轍だけは……踏んでくれるなよ』

 そんな榎本の意味深な、かなりの重みを伴った独り言に見送られながら――――翔一は彼らの元を離脱。フルスロットルの最大加速でアリサの方へと向かって行く。

 彼女との距離はそう離れているワケではないが、しかしすぐに追いつける距離でもない。翔一は焦る気持ちを必死に理性で抑えつけつつ、最大加速で以てアリサの元へと急いだ。


『この……ッ!』

 そうして翔一が駆けつけようとしている間にも、既にアリサはクロウ12を離脱させるべく、追い掛けて来ていたモスキートに格闘戦を挑んでいた。

 既に彼女の≪グレイ・ゴースト≫はミサイルどころか、レールガトリング機関砲の二〇ミリ弾も切らしてしまっている。今あるのは最後の砦めいた固定兵装、頼りない威力のレーザー機関砲のみだ。

 そんな状況下でも、彼女は闘志を捨ててはいなかった。寧ろ……普段より、滾る。何故だかは分からないが、滾って仕方がない。

 ――――熱くなった時にいっつも変なミスするんだから、アリサは。

 嘗て、相棒が……ソフィア・ランチェスターが呟いていた言葉だ。熱くなりすぎるのが、アリサの悪い癖。それは彼女自身も自覚しているはずだった、はずだったのだ。

 しかし――――いつになく熱くなってしまっていたからか、それとも連戦の疲労からか。彼女の頭からそんなことは吹き飛んでいて、理性も半ば消え果ててしまっていた。

 だからこそかもしれない……彼女の首にまた、死神がゆっくりと大鎌の刃を当てたのは。

「墜ちろぉっ!」

 クロウ12を追っていたモスキートを、ドッグファイトの末に追い詰め。アリサはギリギリの至近距離まで粘り、限界まで距離を詰めたところで……必中のタイミングを見計らい、レーザー機関砲を掃射。放たれる収束レーザーで胴体を焼き払い、遂にそのモスキートを撃墜する。

「よし……!」

 火の玉になって墜ちていくモスキートの残骸を横目に、アリサは確かな手応えを覚え。そしてコクピットの中でふぅと息をつく。

 気付けば、知らぬ内に随分と高度が下がってしまっていた。よく見てみると、あの乱戦空域の方にさっきよりも近づいてしまっている。

 まあ、結果オーライだ。どうやらクロウ12も離脱出来たようだし、後はさっさと高度を上げて皆のところに合流――――。

『――――! イーグレット1、ミサイル! ブレイクしてください……!』

『っ……!?』

 ――――と、まさに彼女がそう思っていた瞬間だった。レーアからそんな、彼女にしてはあまりに珍しく、無機質ながらも何処か焦燥した声での警告が飛んで来たのは。

 彼女から警告が告げられると同時に、≪グレイ・ゴースト≫のコクピットにミサイル・アラートが鳴り響く。接近方向は……上方、あの乱戦空域の外れから……!?

『なんてこと……!』

 状況を鑑みるに、あの乱戦状態から脱した生き残りのモスキートがこちらに接近して来て、ミサイルをロックオンし撃ってきたのだろう。確かにそれなりに近い距離、自分より高い位置に一機、反応を窺える。ソイツ本体は今まさにクロウ隊の……ソニア機が一撃離脱戦法で撃墜してくれたようだが、しかしミサイルは既に放たれてしまっていた。

 どうして、今まで気が付けなかったのか。たまたま警報装置の範囲外だったのか、それとも別の原因か…………。

 何にせよ、回避せねばならない。アリサは舌を打ちながらスロットルを開き、すぐさま回避行動に移り始める。

 だが……駄目だ、回避行動に移ったのが遅すぎた。こちらが避けようとするよりも、ミサイルの方がずっと速い…………!

(駄目、逃げ切れない……!)

 右へ左へ、必死に回避しようとアリサはもがくが、しかしミサイルの方が圧倒的に速い。これは流石に……アリサのウデを以てしても、逃げ切れない……!

 チャフもフレアも無い。マニューバでの回避も不可能。こうなってしまっては、万事休すか……!?

「アリサ――――ッ!」

 これは逃げ切れないとアリサが諦めかけていた直後、イチかバチかベイルアウトで賭けに出るかと、彼女が脱出レヴァーに手を掛けた直後。そんな叫び声とともに翔一が……彼の≪ミーティア≫が急降下で飛び込んで来て。迫り来るミサイルとアリサの≪グレイ・ゴースト≫、その間に割って入る。

 とすれば、彼はわざと自機の尻をミサイルに見せつけるような機動を取り、そのまま敵ミサイルの誘導を自分に引き付けて離脱していく。アリサから逸らす為、彼は自ら囮役を買って出たのだ。

『馬鹿、翔一……!! アンタ、なんてことをッ!』

 やかましく鳴り響いていたミサイル・アラートが止まる。下方に向かって急降下で離れていく翔一の機影と、それに追いつく勢いで猛然と突進する敵のミサイル…………。

 それを眼下に見下ろしながら、アリサは叫んだ。どうして、自分から身代わりになるような真似をしたのかと……胸の奥底から滲み出る気持ちを、しかし明確な言葉にすることが出来ず。ただただ嗚咽を漏らすように、絞り出すように彼女は叫んだ。

「くっ……!」

 翔一は必死に逃げようとした。だが……あの距離で誘導をこっちに向けたのだ。やはり逃げ切れないか。

 ジリジリと迫ってくるミサイルは、そのまま彼の≪ミーティア≫の尻のすぐ傍にまで近づき。そして近接信管でも作動したのか、ミサイルの先端と≪ミーティア≫の尻が触れるほんの少し手前で――――ミサイルは、爆発した。

「ぐっ……!」

 凄まじい衝撃がコクピットを襲う。後部に被弾し、エンジン周りにとんでもない致命傷を負った翔一の≪ミーティア≫が、軽く吹き飛んだ尻から火を噴きながら、ゆらゆらと墜落していく。

「……これで良い、最良の結末だよ」

 ディーンドライヴ停止。プラズマジェットエンジンはそもそも噴射口周りが吹き飛んで燃えている。

 失速し、錐もみ状態になって墜落していく機体の中……コクピットの中。翔一は苦い顔を浮かべながらも、しかし同時に小さな笑みも浮かべていた。自分がこうして身代わりになることで、アリサを迫り来る死の運命から今度こそ逃がしてやることが出来たのだと……己が未来予知の能力が発していた警鐘が止まったことで悟り、確かな手応えを抱きながら。

 被弾した≪ミーティア≫が、後部から火を噴きながら墜落していく。完全にコントロールを失い、錐もみ状態になりながら。

 そんな機体の、もう死んだも同然な銀翼のコクピットで。翔一は苦い顔をしながらも、確かに小さく笑んでいたのだ。

『翔一ぃぃぃ――――ッ!!』

 アリサが悲痛な叫び声を上げる中……彼の機体は段々と火の玉のようになりながら、力なく墜落していく。彼女の身代わりとなって、死の運命を受け入れて。眼下に広がる、蒼くて綺麗な……母なる地球ほしへと還っていくかのように――――――。





(第十六章『それでも、君と飛べるのなら』了)

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