第十五章:迎撃‐インターセプト‐/05

 アリサの≪グレイ・ゴースト≫が保管されていた、今は空っぽなあの場所の隣にあった格納庫。そこには南が言っていた通り、確かに≪ミーティア≫が安置されていた。

 単座型のGIS‐12E、最新鋭のブロック25生産型。垂直尾翼には隼を模った部隊章があり、灰色の制空迷彩を基調とした機体には……黄色と黒、目立つ二本のラインが引かれている。確かにそれはファルコンクロウ隊の飛行隊長・榎本朔也の予備機に相違なかった。

 見ると、既にその≪ミーティア≫の周囲には多数の整備兵たちが詰めかけていた。彼らは格納庫に現れた翔一の姿を彼らはチラリと見たは見たが、しかし連中は全員分かっているといった風な様子で、翔一に対し特に何も言ってはこない。皆、暗黙の内に出撃準備を進めてくれていた。

「――――翔ちゃーん!」

 走って機体に駆け寄り、機首に掛けられたラダー(はしご)を駆け昇って翔一が≪ミーティア≫のコクピットに飛び込むと。すると遠くから聞き慣れた……明らかに少女のものとしか思えない甲高い声が聞こえてきて。かと思えば、今まさに自分が昇ってきたラダーを昇ったのか、開いたキャノピーの横からぴょこんと誰かが顔を出した。

「……椿姫!?」

「にゃはは、お見送りにね」

 驚く翔一の横から顔を覗かせていたのは、何故か椿姫……立神椿姫だった。明らかにコスプレ衣装としか思えない赤いセーラー服の上から白衣を羽織るという、いつも通りの珍妙な出で立ちで、何故か彼女はそこにいた。八重歯を見せて、にひひっと可愛らしく子供っぽい笑顔を椿姫は翔一に向けたりなんかして。

「ちなみに、私も居るよ」

 と、更に別の聞き慣れた……今度は少し低めの、何処かダウナー気味な女の声が聞こえてきたから、開いたキャノピーの隙間から小さく顔を出してみると。すると駐機した機体の近くには、どうしてか霧子までもが立っていた。

「二人とも、どうして……!?」

「んー、南くんから大体のコトは聞いてるんだ。まあ翔ちゃんなら行くだろうなあって思ってて、霧子ちゃんと一緒に此処で待ってたんだよねー。そしたらホントに来たから、折角だしお見送りしようかなって」

「そうだったのか……」

 どうやら南、基地司令の要には話を通していないが、この二人には予め言ってあったらしい。万が一のことがあったら、色々覚悟で翔一を空に上げるといったようなことを。

「まー、私から翔ちゃんに言えるコトってあんまり無いけどさ。……アリサちゃんのこと、どうかよろしくね?」

「……分かってるよ。その為に、僕は此処に来たんだから」

「ん、なら良しっ! 翔ちゃんならきっと、アリサちゃんの片翼になってあげられるからさ。だから……お願いね。どうか、アリサちゃんの傍に居てあげて。アリサちゃんを、助けてあげて」

 にししっと、八重歯を見せた朗らかな笑顔の後で、椿姫は少しばかり神妙な面持ちで彼に告げる。

 それに翔一が頷き返したのを見て、椿姫は満足げな顔でラダーを降りていった。

「…………翔一くん」

 椿姫が降りていったのを見て、先程から続けていた≪ミーティア≫の始動手順を進めていた翔一だったが。しかし今度は入れ替わりに霧子がラダーを昇ってきて、こちらに顔を出した彼女に声を掛けられて。翔一は始動手順を進める手を一瞬止め「……霧子さん?」と、戸惑い気味に彼女の顔を見る。

 何故、翔一が戸惑ったか。理由は簡単だ。だってそこにあったのは、傍にあったのは――――彼女にしてはあまりに珍しい、シリアスな表情を浮かべた霧子の顔だったのだから。

「君の親代わりとして、楓くんから君を託された者として……君を黙って戦地に送り出すのは、正直言って辛いよ」

 神妙な顔で言う霧子は「でも」と更に言葉を続けて、

「これが、君の意志で決めたことなら。誰でもない、君自身の意志で決めたことならば……私は反対しない。止めもしない。君の好きにするといい。君の意志で決めたことならば、私は全力で手を貸そう」

 だから――――前にも一度訊いたことだが、最後にもう一度だけ確認させてくれ。

「翔一くん。君は飛びたくて、飛ぶのかい?」

 その問いに、霧子の投げ掛けてきた真剣な問いに。翔一は真っ直ぐに彼女の顔を見据えながら「はい」と即答した。

「僕は、飛びます。僕自身が飛びたいと願った、この空を。…………誰でもない、アリサと一緒に飛んでいきたいんです、この大空を。アリサとじゃなきゃ……駄目なんです」

 ――――その為に、僕は行きます。アリサと飛び続ける為に、僕は行きます。

 翔一が真っ直ぐな視線をぶつけ、答えると。霧子は「……そうか」と頷いてフッと笑い、機体の端から離した右手を伸ばし、彼の頭をおもむろに撫でつける。深蒼の、少し長めなその髪を。右眼の部分を隠すようにした、彼の蒼い髪を。

「なら、行ってこい。好きな女の尻を追いかけるのは、君にとっても本望だろう?」

「…………気付いてたんですか、霧子さん」

「アレだけ露骨で、気付かない方がどうかしているよ。気付いていないのは……君ら二人、本人同士だけだ」

 フッと微笑み、最後に翔一の頭を自分の方に引き寄せて、きゅっと抱き寄せて。そうしながら霧子は「……気を付けるんだよ」と小さく囁いて。最後に額と額を合わせてから彼を離し、椿姫と同じようにラダーを降りていった。

「…………はい」

 コクピットの中で独り頷き、翔一は瞑想するかのように少しの間、スッと瞼を閉じて。そして閉じていた双眸をそっと開くと、残していた始動手順を手早く済ませる。

 続けて、機体の最終チェック。アヴィオニクスに異常はなし、兵装システムもオーケィ。マスターアームは……今のところは安全位置になっている。その他の航法装置やレーダーシステムにも異常はない。HUDも好みの表示モードに切り替えた。……問題ない。≪ミーティア≫自体の扱いは複座のF型で慣れている。

 ヘルメットを被り、キャノピーを閉じ、機外に立っている誘導員マーシャラーとハンドサインで合図を交わし合う。既に機体に搭載したミサイルのアーミングも終わっている。

 ――――翔一の≪ミーティア≫、榎本の予備機が装備した兵装はザッとこんな感じだ。

 主翼下にある四ヶ所のパイロンに、外側からそれぞれ短射程のAAM‐01を一ヶ所、中射程のAAM‐02が二ヶ所、そして最後に長射程のAAM‐03を一番内側のパイロンに装備。前者二つを四連ランチャーに、後者ひとつを二連ランチャーに噛ませた格好で吊している。

 加えて、胴体下の側面ハードポイントにもAAM‐02が二発ずつの、両側合わせて合計四発を吊してあるし、胴体下の中央にあるハードポイントにはGLP‐42/Aの……三〇口径レーザーガンポッドまで吊していた。予備で積んでいる固定兵装の二〇ミリとは比べものにならないほど、高出力で強力なレーザー機関砲だ。

 南が言っていた通り、まさにフル装備。正直レーザーガンポッドまで奢っているとは思わなかった。AAM‐01が八発、AAM‐02が二〇発、AAM‐03が四発にレーザーガンポッド。まさに全身ミサイルランチャーみたいな出で立ちだ。この一機に搭載されているミサイルだけでどれだけの金額になるなのか、考えるだけでも恐ろしい。

 だが――――確かにこれだけあれば、一気に戦況を覆せるだろう。危機的状況を単機で打破するには、これぐらいしないと。

 南の心意気に胸の内で静かに感謝しつつ、翔一は誘導員マーシャラーの指示に従って機体をタキシングさせていく。遠くで白衣のポケットに手を突っ込んでいる椿姫と、腕を組んでこちらを眺めている霧子の二人に見守られながら、男は己が銀翼を広げていく。

「…………大丈夫だよね、翔ちゃん」

 タキシングしていく翔一の≪ミーティア≫を見送りながら、椿姫がボソリと呟いた。霧子はそれに「大丈夫さ」と不敵な笑みで頷き返す。

「彼を誰だと思っている? あの桐山雄二と、楓くんの一人息子で。そして……私にとっても、たったひとりの……掛け替えのない、大事な子だよ」

「ふふっ……そうだね、そうだったね。楓ちゃんと、ユウくんの子だもんね…………」

 不敵な笑みを湛えた霧子と、八重歯をチラリと見せて微笑む椿姫。自分を見送る二人がそんな会話を交わしているとは知らぬまま、翔一は地上へのエレヴェーターに向かって機体をタキシングさせる。

『フォースゲート・オープン! フォースゲート・オープン!』

 警報音と通知音声が木霊する中、翔一の≪ミーティア≫を乗せたエレヴェーターがぐんぐんと地上に向かって上昇していく。

 そんな中、翔一は静かにヘルメットのバイザーを下ろしながら……独り、コクピットの中で呟いていた。

「…………もう一度、君とあの空を飛べるのなら」

 ――――と、不退転の決意にも似た言葉を。

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