第七章:十センチ差のすれ違い/01

 第七章:十センチ差のすれ違い



 ――――桐山翔一は、国連統合軍のESPパイロットとなることを決意した。

 ああ、そこまでは良かった。そこまでは王道というかなんというか、自分で言うのも何だが、ありがちな感じの流れだった。

 だが…………ここから先が問題というか、あまりに想定外というか。翔一としても反応に困るような展開になってしまったのだ。

「……なあ、アリサ?」

「なによ、藪から棒に」

「その……本当に良いのか?」

「アタシにもよく分かんないのよ。でもまあ、別に不都合は無いわ」

「そ、そうか……」

 もう日も暮れてしまい、殆ど夜闇のようなまどろみに包まれた日没の空の下。前を歩くアリサに声を掛ける翔一は、何処か戸惑い気味というか……さっき蓬莱島で色々聞かされた時とはまた別の、何というか複雑な表情をしていた。

 そんな風に翔一が困惑している原因は、他ならぬ目の前のアリサにある。

 というのも――――彼女、何故か翔一の家に同居することになってしまっているのだ。

 経緯は単純かつ明快だ。あの後、幾らかの空戦機動を披露してくれたアリサとともに、高度三五〇〇〇フィートの上空から無事に蓬莱島の滑走路へと帰還し。ファントムから二人で降り、更衣室でパイロット・スーツから元のブレザー制服へ着替えた後のことだ。さてこれからどうしたものかと翔一が思っている最中、アリサを連れた霧子が彼の元にやって来て……そして、今日から彼女を家に住まわせてやってくれと言われたのだ。

 最初は翔一も何を言っているのか分からなかった。そんな翔一に、霧子はいつものニヒルな顔で理由わけを説明したのだ。丁度……こんな風に。


「――――彼女がこのH‐Rアイランド、蓬莱島へ転属してきてから結構経つけれどね。今日まではずっとこの蓬莱島で寝泊まりをしていたんだ。

 だけれども、今日から彼女、君と同じ学院に転入しただろう? この島から学院まで通うのは……あらゆる意味で面倒極まりない。距離も距離だしね。だから、君の家にアリサくんを転居させることにしたんだ。

 ああ、ちなみに母親の……楓くんの許可はとっくの昔に取り付けてあるよ。『翔一をお願いね』だとさ。だから色んな意味でもアリサくんが住むのには問題なし。細かい書類回りのあれこれは、もう私が済ませておいたからね。

 いやあ、それにしても君が統合軍に入るのを承諾してくれて、ある意味で私は一安心さ。保護者の立場としては……色々と複雑な思いもあるけれども。とはいえ君が、君自身の意志で決めたことだ。そこに文句を付ける気はないよ。君が選んだ道なら、私は保護者として文句は言わないさ。少しばかり心配ではあるけれどもね。

 …………ああ、一安心の理由かい? それは簡単だよ。君が統合軍に入ってくれなかったら、まあどうにかして君の記憶を消さなきゃならなかったからね。その後は……そうだな、アリサくんを親戚の子だとかなんだとか、適当に言って君を誤魔化す必要があった。その辺りが面倒だったんだけれど……何にせよ、そうはならなかったのだから結果オーライだ。

 そうだそうだ、アリサくんの荷物はもう私が運び込んでおいた。大した量じゃあないがね。ただひとつ、例のチャージャーだけはアレだが……まあ、アレだけ広いガレージを余らせてるんだ。別に構いやしないだろう?」


 ――――霧子曰く、そういうことのようだ。

 アリサもかなり戸惑ってはいたが、しかし理屈は理解出来たようで。当人たる彼女は「羽佐間少佐がそう言うのなら」という感じで、特に異存はない様子で納得していた。翔一も翔一で結局、霧子の飄々とした調子に翻弄され、なし崩し的に彼女の同居を承諾してしまったのだった。

 そして……今に至る、というワケだ。

「……実際にこうして目の当たりにすると、何というか」

 帰り道を歩き、施錠していた自宅の玄関扉を開け。そして玄関口に積み上げられていた幾つもの段ボールを……家を出る前には無かったそれらを目の当たりにして、翔一は何とも言えない微妙な顔を浮かべる。

 間違いなく、さっき霧子が言っていたアレだろう。運び込んでおいたというアリサの荷物とやらが、他ならぬこの段ボールの山に違いない。

 当然、仮にも翔一の保護者であるから霧子もこの家の合鍵を持っている。だからこうして運び込めておいたのだろう。別に不審には思わない。

 それに、事前に聞かされていたから心の準備も出来ていた。だから翔一は決して驚きはしなかったが……しかしこうして、直に自分の眼で目の当たりにすると、何とも言えない気分になる。

 とはいえ、思っていたより数は多くない。段ボールが二箱か三箱ぐらいなものだ。霧子がさっき言っていた通り、確かに大した量ではなかった。

「別に迷惑は掛けないわよ。アタシも大荷物抱えてどうこうは嫌だったしね」

「いや、別に迷惑じゃあないんだ。ただ、思っていたよりも少なかっただけの話さ」

「それこそ、今言ってたままのことよ。元からそんなに荷物は無かったの。蓬莱島には大した荷物も持ってきてなかった、それだけのことよ」

「だろうな」

 彼女の性分というか……何処かストイック気味にも思える性格を鑑みれば、運び込まれたのが大した数でないことも納得だ。まあ、アリサがストイック気味に見えるというのも、この短い間に接した中で翔一が勝手抱いた印象でしかないのだが。

 とにもかくにも、思っていたほどの荷物量ではなかった。これならば荷解きに掛かる時間もそこまで掛かるまい。問題は………。

「確か、霧子さんが何か言ってたよな……?」

 もうひとつ、ガレージに何かあると霧子が言っていたのを思い出し、翔一はスクールバッグを玄関口に置くとまた家を出て、傍にあるガレージへと歩いて行く。

 翔一がガラガラとシャッターを開き、締め切っていたガレージ内の様子を窺う。

 すると――――その中には、見慣れない大柄な車の姿があった。

「これは……ああ、チャージャーってそういうことか」

 ――――ダッジ・チャージャーR/T。

 大柄な漆黒のボディを有するそれは、間違いなく古いアメ車のそれだ。一九六〇年代から七〇年代、古いアメリカン・マッスルの時代にありがちな大柄な図体は、間違いなくB‐body時代のチャージャーであることは疑いようがない。二枚ドア、ファストバック・スタイル。それこそハリウッド映画の中でマッチョなヒーローが乗り回していそうな、そんな年代物のアメ車がガレージの中に鎮座していた。

 今までの流れから鑑みるに、これはアリサの車だろう。きっと合衆国で乗り回していた物を持ち込んだのだ。

 しかし……思えば、彼女の歳は翔一と変わらなかったはずだ。であるのならば、自動車の運転免許の取得は年齢的に不可能のはずでは……?

「十六から免許取れちゃうのよ、アタシの地元はね」

 翔一が内心に抱いていた、そんな疑問を暗黙の内に察したのか。彼と一緒にガレージまで付いて来ていたアリサが、彼の横に並び立ちながら翔一に向かってそう言う。

「でも、国際免許はまた別じゃあ?」

「その辺りは……ホラ、統合軍のあれこれよ。貴重なESPパイロットの特権って奴ね」

 どうやら、そういうことらしい。

 何とも力業にも程がある話だが、確かにそれならば、アリサが日本国内でも車を走らせられることにも一応の説明は付く。特権で無理矢理通してしまっていると言われればそれまでだ。

 まあ、何にせよ理由がハッキリした。これ以上あれこれ問い詰める理由も無いから、翔一はそれ以上のことをアリサに追求しないことにした。

「ダッジ・チャージャー、R/Tか。七〇年式?」

「残念ね、六九年式よ」とアリサが答える。「生憎とね。七〇年式のチャージャーは貴重なのよ」

 この特徴的な見た目、フロントグリル部分に燦然と輝くR/Tのエンブレムから、ある程度のモデルまでは推測できたが。しかし流石に翔一とて、目の前にあるチャージャーの詳しい年式まで推察することは出来なかった。

 ――――余談だが、翔一は四輪の方にもそこそこの造詣がある。

 とはいえ、メインで乗り回している二輪車ほどではない。年齢が年齢だけに当然、まだ自動車免許も持っていないし、当たり前だが実際に自分で運転したこともない。だから分からないことも多く、知識もそこまで深くはないのだ。故にある程度なら理解は出来るが、しかしそこまでの知識量ではない……というワケだった。

「チャージャーか。良い趣味をしているな、君は」

「そ、そう? ふーん……アンタ、中々にセンスは良い方みたいね」

 数ある車の中、敢えて六九年式チャージャーを選んだアリサのセンスを翔一が素直に褒めてやると、するとアリサはそんな風に何故か照れ気味で。頬を軽く朱に染め、ぷいっとそっぽを向くような仕草なんかを見せる。そんな彼女の反応に、翔一はフッと肩を竦めた。

 何にせよ、今日から彼女と同居生活だ。母の桐山楓は滅多に帰って来ないからと、邪魔になるだけだからと自分のベッドは既に処分してしまっているから、家にあるベッドといえば翔一の自室にあるアレひとつだけだ。

 一応、煎餅が如くペッタペタに潰れた予備の布団はあるにはあるが……アリサは合衆国出身だから、やはり慣れない布団よりもベッドの方が眠りやすいだろう。とすれば、翔一は当面の間、そのペッタペタの布団で凌ぐことになるのか。

 そんなことを翔一が考えていると、傍らの彼女に軽く肩を叩かれ。我に返った翔一が彼女の方を振り向くと、アリサは改めてといった調子で彼に対しこう告げた。

「……なんか、アタシも知らない内に色々決まっちゃってたけれど。とにかく翔一、今日からよろしく」

「あ、ああ……」

 こうして、桐山翔一とアリサ・メイヤード。戸惑いながらの共同生活が始まることになったのだった。

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