二人とも初見の相手

 目の前の黒い蛇もどきは相も変わらず暴れる様な振る舞いはすれど、その場から動こうとはしない。それ故にこうして身構えながらも悠長に喋っていた。

 正確に言えば悠長とは程遠い状況な訳だが、極限状態故にその事を忘れていた。今目の前で見えている巨大未知で小さな未知が掻き消されてしまった。

 動いていない未知は目の前に居る。だが、動いている未知なる既知がそこには居た。二人はそれから逃げていたのだった。



 先程二人が出て来た入口から飛び出してくるものが居た。

 暗闇の中、僅かな明かりに照らされて見たそれと同質。しかし、今は枯れ木で遮るものが殆ど無くなった陽光の中だ。

 故にそれの正体が、見えた。

 先程見たそれは黒い波濤の様だった。しかし、今飛び出してきた事で明らかになったそれの正体は、不定形の波ではなかった。

 細長く蠢くドス黒い蛇の様な何かが群れを成して一つの不定形に見えていたのだ。

 まるで地を這い回る黒い波のようなその正体は……

 「植物の根、だ。」


 『身体強化』・『強度強化』


 シェリー君がそれに辛うじて気付き、直前で防御すべく咄嗟に魔法と新型H.T.を大量の植物の根を相手に展開した。

 洞穴の出入り口が狭かった事と自称そこそこ天才の改良が功を奏して胴体に風穴が空く最悪の事態だけは避けられた

 しかし、反応が一手遅れた事でH.T.を地面に突き刺して完全に固定しきれなかった。更に出入り口から流れてくる質量はシェリー君の予想を遥かに超えるものだった。

 大質量に為す術無く枯れ木の森へと吹き飛んでいく。

 「シェリー嬢!」

 自称そこそこ天才もシェリー君と同時に身構えたのだが、狙われたのはシェリー君だけだった事で手にしていた魔道具は十全な働きをしてくれる事は無かった。

 「く、ぐぅ……」

 周囲の樹木が枯れ木だった事が功を奏して幾本か背中で枝を折りながら吹き飛んでいったが背骨を折る事は無かった。それでも馬車に衝突される様な衝撃を喰らった事に変わりはなく、無傷では済んでいない。

 「油断したね。」

 他人事として、敢えて淡々と言って見せる。

 「面目次第もありません……。」

 枯れ木の合間を吹き飛びながら受け身を取って地面を転がりつつ新型H.T.を全身に纏う。

 現状全身打ち身。逃走時にかなり無茶をした事で身体も魔力も中々に厳しい状態。対して相手は……。

 閉所から出てきた事で木の根は蜘蛛の巣の様に展開してこちらへジリジリと近付いてきている。

 土の中でジッとしているハズのそれがこちらを認識して取り囲もうとしている。

 明確に思考能力を携えている。

 「初めてですね。植物相手に護身をするのは。」

 「私もだよ。」

 蜘蛛の巣が襲い掛かってきた。

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