お姫様抱っこチェイス

 『シェリー=モリアーティーの観察および分析』


 この自称そこそこ天才、ジーニアス=インベンターから見たシェリー=モリアーティーの印象は『空中分解しながら地上に向けて加速し続ける魔道具の様だ』と言っておこう。

 能力はある。だがいびつだ。

 強力な魔法を使うわけではない、強靭な肉体を持つわけでもない。なのに『家』に対してダメージを与え、村では大立ち回りをして勝った。

 これは分析するまでもなく至極単純で明快な事実と実力だ。

 だが、彼女は未だ子どもだ。自称そこそこ天才の作った渾身の、しかも未知の魔道具に抗い、第一線を退いたとはいえ、戦闘のプロ相手に大立ち回りをやって勝ってみせた。そのお陰で私は人を傷付けずに済んだ。そのお陰であの村の中毒の要因が消えた。

 だが、子どもがやるべき事ではない。

 子どもが命の危機に飛び込み、無理をして、命を削る真似をし続ける事を容認出来る程、それを良しと学習させる程この自称そこそこ天才は愚かではない、堕ちていない。

 先程から目の前で全力疾走している少女が加速し始めた上に思い詰めた表情までし始めた。多分、また何か大きい上に危険度の高い何かをやらかす気だ・・・・・・

 やらせる訳にはいかない。命を張ってここで一発噛ます・・・べきは私だ。

 何より、この自称そこそこ天才の反応が遅れてしまい、自分よりも体躯の小さいシェリー嬢にお姫様抱っこされて後ろを見ているだけという無様をこれ以上晒す訳にはいかない。

 大きく息を吸い込み、言葉を放つ。

 「その必要は無い、移動速度をそのままキープ!自称そこそこ天才の腕を見せてあげようか!」

 さぁ、考えろ。自称そこそこ天才ジーニアス=インベンター!相手が正体不明な現状、何をすべきか?

 目の前にはのたうち回る黒い何か。あれは明らかに物質や魔道具の類では無い。見た事が無いが生き物だという前提で考えるとしよう。

 攻撃するにしても何が有効かは不明。無策で突っ込むだけではシェリー嬢の邪魔になるだけだ。やるならば足止め。ただし、障壁を作って止めるのは悪手。何故なら先程この近辺の堅牢な琥珀が呆気無く粉砕されていたのを見た。下手な障壁は破片がこちらに飛ぶリスクを増やすだけだ。

 であれば足止めは足止めでも五感に訴えるタイプの足止めが有効。どんな人外に足を突っ込んだ人であろうと、理外の獣であろうと、感覚器官は高性能であるほど繊細になる。

 目も耳も鼻も口も皮膚も見当たらないが、こうして明らかに的確に我々を追跡しているところを見ると我々の何かしらを感知している。

 さて、であれば、少しばかり派手に、そして我々には害の及ばない魔道具を一発食らわせる事としよう。

 手に持った光源。これは魔道具だ。

 構成要素としては二つ。

 内部は魔力の塊たる魔石を動力源としてそれを光と熱に変換する術式を付与した熱と光の発生用魔道具だ。

 そして外側はその熱と光が必要以上に外部に撒き散らされない様に領域を作り、調整する安全装置たる魔道具。

 ちなみに、動力は温存すれば一年程取り替えずに持たせる事が出来る。




 それを今、一寸だけ調整して周辺空間に限定的な熱と光を一瞬だけばら撒く魔道具として黒い波に投げ込んだ。

 顔を覆い、目を瞑った次の瞬間。瞼の外の光と轟音。そして熱を感じた。



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