淑女と傭兵の契約

 小娘が入口の方へと消えていく。その様を確認した淑女は振り返ってこっちを向いた。

 その表情は相も変わらず殺し屋を射殺す様な、物騒な代物だった。

 「あぁ、ミスター=カナン。言い忘れておりましたが、貴方の措置が功を奏したようです。感謝致します。当学園の生徒への最適な対応を有難う御座います。」

 振り返って俺に対してお辞儀をした時の様は正に淑女ってヤツだった、淑女ってヤツとは今まで縁が無かったがな。

 「え?」

 「食事の件です。檻の中には水や食料が置いてあった形跡はありませんでした。

 この三日間、貴方が用意したものが彼女の生命線だったのでしょう。」

 そう言って視線を向けた先には檻の隅。乾燥した果実の皮や動物の骨が綺麗に捨てられていた。

 確かに、半分は俺が放り込んだものだ。が、あの果実は俺が入れた記憶は無いんだがな……

 「俺も入れた!肉だけでは戦えん!」

 声を上げたのは、現在進行形で死にかけている全身火傷をしているヤツだった。俺の背中に居たな、犯人。

 「失礼致しました、ミスター=マハー。

 貴方にも感謝の言葉を。有難う御座います。」

 「構わない!」

 背中で怒鳴る様な声を上げられると耳が痛ぇ。


 「さて、話は変わりますが。

 お二人はこの後如何するお心算つもりですか?」

 「あ?この後?」「斬る!」

 背中の脳髄まで狂戦士の阿呆は放っておくとして、どういう事だ?どういう意味だ?

 「契約違反があった以上、現在お二人の元々結んだ契約は無効となっているかと。

 この後、如何しますか?」

 あぁ、そういう事か。

 「〆るに決まってるだろう?」「命捨てえ!」

 狂戦士が何を言ってるかは解らんが、多分同じ様な事を考えてるんだろう。

 傭兵は所詮われるだが、えるでもえの居るでもない。

 契約に基づいて金銭を対価に腕を貸す。それが傭兵だ

 都合良く阿呆の手の中で踊る踊り子じゃねぇ。

 俺達は傭兵の身分で縛られている。だから『誘拐やら違法薬物の取引やら殺し屋家業の真似事なんてふざけた事したヤツは許されねえ』って縛りが生まれちまった。

 その代わり傭兵の身分に守られている。『自分に降りかかる火の粉の類は返り討ちにしていいし、ふざけた契約を結ばせようとした阿呆は傭兵間のブラックリストに載せられて吊るしても良い』って自由もある。

 騙されて阿呆な踊りを踊らされたままじゃぁコッチは舐められた傭兵阿呆のまま。

 舐められた阿呆は誰も雇わねぇ。

 だから徹底的に潰す。俺達を二度と虚仮に出来ねぇ様に確実に吊るす!

 「であれば貴方達に依頼を致します。」

 「は?」「は?」

 「当学園の生徒が校外で課題をしているこの機会に生徒を誘拐せんとする不届き者が居ます。本件の犯人も同一人物でしょう。」

 睨み付けた先には破壊された鉄の檻。これには幻燈の魔道具が仕掛けてあった。

 「当学園としてはその不届き者に対して然るべき処罰を与える必要があります。

 故に私、フィアレディーは貴方達の腕を見込んで本件の調査及び犯人の拘束を貴方達に依頼致します。

 報酬は相場の二倍。前金で半分。仕事の結果に関わらず依頼終了後にもう半分は支払います。」

 「俺達の制裁は?」

 「当学園側の粛正の後であれば、私は関与致しません。」

 選択肢は有るようで無い。

 この淑女が本気を出したら、俺達より先に確実に捕まえる。そうすれば俺達は永遠に舐められたままで終わっちまう。

 「解ったよ。その代わり、傷の手当はさせろ。」「……受ける!」

 「契約成立。ではこちらを。」

 そう言っていつの間にか距離を詰め、俺達に小瓶を二つ渡した。

 「私が調合した特製の治療薬です。仕事をして貰う以上、最低限の環境は整える必要がありますので。

 勿論、前金とは別です。」

 傭兵二人が迷わず飲んだのは、目の前の淑女が自分達をわざわざ毒で殺す意味が無いと知っていたからだろう。

 効果に関しては、正直箱で欲しい品質だった。


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