凶犬と淑女
「で、名前はなんてんだ?」
槍を構えて男は言った。
その顔は好敵手に巡り合えたと確信して浮かべた笑みと相手を侮らない警戒と観察の眼の二つで出来ていた。
その質問を投げ掛けられた相手は、
距離があるとはいえ、ここは狭い一直線の通路。人が二人顔を突き合せたら一方が退かねばならぬ逃げ場の無い中で、臨戦態勢の相手に槍の穂先を突き付けられた危機的状態で、武器も取らずにただ美しいお辞儀をしたのである。
「私はアールブルー学園の学園長、フィアレディーと申します。
当学園の生徒がこちらに居ると聞いて参りました。
それが真実であれば速やかに引き渡しを。」
お辞儀を終えて、淡々と口を開く。
ただそれだけで、魔法も仕掛けも使わないただのお辞儀と言葉だけで、見上げるばかりの氷山を相手にしている様な、威圧と威厳を相手に与える。
到底貴族の学園の長ではない。
「そういう事に
槍を掴む手に改めて力を込め直す。
『ろくでなしの戦闘狂』、『暴れん坊』、『凶犬』、『天賦の傭兵』、『苛烈な戦い屋』……傭兵カナンには不名誉とも言える異名の方が多く付けられているが、異名を多く付けられているということはつまり、幾つもの文字通り修羅場を生き延びて来たという事。その戦闘力に疑いの余地は一切ない。
「……当学園の生徒はここに居るのでしょうか?」
挨拶しかせずに質問に答えずにいる俺を睨み付けている訳じゃない。ただただ真っ直ぐコッチを見ているだけ。
だってのに槍を握る手に力が入る。言葉一つ一つが名匠の業物に見え、動き一つ一つが必殺の構えに見える。
何が学園長だ。死神や異国の魔王とでも名乗った方がよっぽどしっくりくる。
「ここには居ねぇ。」
「そうですか、それでは他を当たるとしましょう。」
淡々と、疑りもせずにそう答えると予め知っていた様に今来た道を戻ろうとしている。
「おっと、ここには居ねぇ。そういう事になってるらしいし、そう言えってのが依頼人からのオーダーだ。
だが、俺は別にアンタの教え子さんを知らねぇ訳じゃねえ。居る場所も知っている。
条件さえクリアすりゃぁ、教えるぜ。」
振り返ろうとしていた足が止まった。
そして、空気が変わる。
「で、その条件とは?」
殺意とも違う。敵意とも違う。鋭く、重く、激しく、速く、積み重ねられた覚悟を前にした様な気分になる。
だが、こっちにも傭兵としてのプライドがある。このまま放っておくのもシャクだ。
「簡単な話だ。俺の一撃を受け止めて無事だったら、その時は話してやるよ。」
闘争心に火が点いた。
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