信じたい虚構と信じ難い現実ならば



 シェリー君がやり残したのは事後処理。具体的には口裏合わせだ。

 今回の件で無駄に張り切っていた若者連中だが、あの連中からしたら『シェリー君が連中のしくじりをフォローして命を助け、最終的に全て解決した。』という現在の構図は自分達がやろうとした事を横取りし、面子を潰した怨敵という事になる。

 『さんざん無能のクセに威張り散らし、シェリー君に犯人まで誘導され、勢いよく無策で犯人逮捕に挑んで無様に返り討ち。』これが偽らざる現実だが、それを連中に叩き込んだところでまた面倒な事、具体的にはシェリー君に対して攻撃的に対応したり、シェリー君のやる事なす事を妨害したり、最終的にシェリー君の積み上げた行動を破壊して全て更地にする。なんて事が起こるのは火を見るよりも、否、火を見るまでもなく明らかだ。

 故に、村の連中に対し、今まで連中のしでかした無礼を見逃す代わりに口裏を合わせる様に釘を刺しておく必要がある。

 シェリー君方式で言えば「彼らの為にも黙っておくようお願いします。』といったところだ。

 連中の内の一人は孫娘に化けたシェリー君が背後から一撃で仕留めて村翁の家に寝かせてある。コイツは孫娘がグルである以上、大した問題にはならない。

 孫娘には『自分を連れて行こうとしたところ、いきなり頭を打って目を回してしまった。だから家に寝かせておいて、診療所に人を呼びに行っていた。』と言い訳する様に予め原稿を用意してある。

 残る三人に関しては診療所で毒爺相手に立ち回り、バッチリ無様にボロ負けした訳だが、殴られる瞬間にシェリー君がH.T.で衝撃を防ぎつつキッチリ感電術式で気絶させてあった。

 孫娘の所に居る輩が二人居る矛盾が起きるが、『全員で協力して毒爺の犯行を発見。精一杯抵抗して時間を稼ぎつつ手傷を負わせて気絶したところで間に合った村人全員で毒爺を追撃。見事倒した。』と言えば否定出来ない。

 『そこに居なかった筈の人間が居る』という矛盾はある。しかし、『自分達の功績があって事件が解決した。』というのは連中の虚栄心にとって魅惑の果実だ。

 矛盾一つを呑み込むだけで甘く熟れた果実が手に入るのなら深くは追究しない。もっと言えば出来ない。

 自分達が手柄の為に他の連中を呼ばずに毒爺に歯向かい、徹底的に負かされ、未遂とはいえ死を確信し、自分自身の虚ろな尊厳を踏み躙られた最悪の記憶。

 そんなものが全て現実で、他の誰かが自分達の後にやって来て、自分達に出来なかった全てを解決した。

 そんなものを直視出来る程、人間はさかしくない。


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