Hollow Tarp その10


 全身に無限の力が漲り、ぼんやりと見えていた世界ははっきりと輝いて見えて、多幸感と達成感に溢れている。

 己の中にある空の器が今までに無い程満たされていくのが解る。

 一秒が数十数百数千数万倍よりもっと長く感じられ、同時に数十数百数千数万分の一よりももっと短く感じられた。

 もっとやりたい。もっと輝きたい。もっと楽しみたい。もっと幸せになりたい。もっと遊んでいたい。もっと満たされていたい。もっと壊したい。もっと貪り喰らい尽くしたい。

 頭の中で星が輝き花畑が広がる。

 もっとだ、もっと、もっと欲しい。

 しかし、勿論知っている。今のこの輝きは今一時だけのもの。これが続く事は決して有り得ない。

 残り僅かの自分の命を、この一瞬で燃やし尽くす気で力を使っている。今以上に力が有る時はここより先にも後にも無い。

 一振りで全身の筋肉、骨、神経、臓物の全てが爆散する。それが解っていても止められない。

 杖が振り下ろされる。ゆっくり、ゆっくり、振り下ろされていく。

 これが終わった瞬間自分の命が終わる。

 相手の得物がほどけて薄布に変わり、蛇の様に向かってくる。予想外の得物だったが、それは最早関係無い。真正面から叩き砕く他無い。

 柔を選ぼうと、剛を選ぼうと砕き切る。

 そして、寒気がした。

 『柔と剛の選択肢を迫るのがH.T.だと思ったかね?選択肢は二つだけで、その両方を対策する術が有れば勝てると思ったかね?

 選択肢を見せる理由が無いだろう?

 選択肢を見せるのならば、本命は相手の頭に浮かぶ選択肢の外に置いておく。そして、それを相手には決して悟らせない。』

 そんな幻覚が聞こえた次の瞬間、体の動きが急に鈍く、逆に世界は速くなっていく。

 そして、ああ、力が入らなくなっていく。手を伸ばして最後、一矢報いようとしたが、ああ、終わったのだ、時間切れの瞬間を迎えたのだ。

 どれだけ手を伸ばそうとしても先程までの素直さは何処へやら?いう事を一切聞こうとしない。目の前の娘子には届かない。

 悲しそうな、悔しそうな、辛そうな、到底勝者には見えない娘の顔が見える。



 幼少の頃に日が沈むまで遊んだ友人との思い出が浮かび上がる。

 若かりし頃に猪に襲われて死にかけた時の思い出が浮かび上がる。

 騎士になった頃、調子に乗って酒を飲み過ぎて粗相をした思い出が浮かび上がる。

 戦友達が傷付き、それを癒し、感謝された頃の思い出が浮かび上がる。

 体を張って主を守り、胴体に剣が突き刺さって昆虫標本になった思い出が浮かび上がる。

 主から酒を賜り、皆で酒宴をした時の思い出が浮かび上がる。

 騎士としての責務が果たせなくなった時の思い出が浮かび上がる。

 主君が悲しさを隠しながら感謝をして頭まで下げてくれた思い出が浮かび上がる。

 戦友が感情を押し殺して笑顔で見送ってくれた思い出が浮かび上がる。

 この村に来てからケガをしまくる餓鬼をその都度治療した思い出が浮かび上がる。

 死にかけた村の連中を助け、泣きながら拝まれた思い出が浮かび上がる。

 毒を入れて人が苦しむ様、目の前の娘子が命の瀬戸際で足掻く様、殺し合う様、そして、勝者の勝者らしからぬ様が浮かび上がって、消えていった。




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