Hollow Tarp その7


 あぁ、よく見知った顔だ。

 毒爺にはこの村に来て初めて出会うが、この手の輩・・・・・は何度も見てきた。

 賢者の言葉を耳にして理解しても意に介さず賢者の喉笛を砕き、愛する者の引き止めんとする手を切って、倫理や道徳や法律や一線をそれ・・と気付かず越えようと歩む手合い。

 『狂人』

 小さな淑女が誠意と慈愛を向けたとて、それはスパイスとしか見る事が出来ない。心変わりのしない純粋なもの。

 「どうやら、勝負を決めに来るようだね。」

 色の抜けた全身の毛が逆立ち、日に焼けハリを喪った皮膚の下の血管が浮き出て筋肉が痙攣し、呼吸が荒く激しくなり、全身が白く揺らめく。

 比喩や誇張ではなく毒爺が一回り大きくなり、熱気が伝わってくる。

 「出来るのなら、穏便に心変わりして欲しかった……」

 シェリー君は悔やむ表情を浮かべている。が、無意味だ。

 「数十年に渡って抱き続けた執念だ。そもそも数日そこそこで変わるのならあんな行いはしないだろう?」

 『三つ子の魂百まで』というヤツ、このまま棺桶まで変わらず狂人のままだ。

 「さぁ、実戦訓練としよう。」

 「ッ!」

 シェリー君は言い返せない。私の言い方が品性を捨て去ったものだとしても、それが最短最適最高であると解るのだから。

 毒爺は今最速で動き、最大の出力の一撃をシェリー君に向けようとしている。

 それが意味するのは『自壊』。脳筋教師が以前醜態を晒した時とよく似ている。

 今回は正確に言えば自壊は自壊でも道連れ上等の自爆。導火線の無い爆弾を大量に抱えて相手の目の前で火薬に直接火を突っ込む様なもの。

 脳筋教師の様に途中で自分だけを吹き飛ばさない。シェリー君の骨を砕き肉を斬り裂き血を撒き散らすと同時に自分の血肉も骨もそれに混じり合う様に散る。

 シェリー君としては自分の血肉骨を渡す気は無く、毒爺の命を散らせる気も無い。

 その為には止めるしかない。それが結果的に『実戦訓練』となろうとも。


 今から繰り出される一撃を止める・・・


 毒爺が地面を強く蹴り上げる。普段遣っている足も、不自由な筈の足も、魔法で強化に強化を重ね、今まで積み重なってきた技術と経験を駆使し、診療所の床が蹴った衝撃で破壊されて速度を殺さぬ様に、自分の足が砕けぬ様に、ギリギリの境界線の上を駆ける。

 皮膚はその下の血の色が浮き上がる様に赤色で、得物の杖を握る手からは出血している。杖を力一杯握り締めた結果、指先の爪が手の平に突き刺さっている証拠だ。

 腕は筋肉が肥大化して二回りは大きくなっている。

 動きは非常に速くて回避は困難、大きな隙も無い。あったとて、シェリー君が自壊覚悟で最大火力の一撃をぶつけられたとしても、一撃目で腕、肩、肋骨、その中身を持っていかれる。死ぬ。

 たとえ一撃を喰らって耐える事が出来たとしても、毒爺は反動で死ぬ。

 負けだ。攻撃が成り立った段階で負ける。



 だからシェリー君はH.T.の形状を固定する魔法を解いた。

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