Hollow Tarp その3


 圧縮された時間の中で毒爺が真っ直ぐにシェリー君に突っ込んで来る。

 狭い診療所の中での最高速度。シェリー君に攻撃が当たろうが避けられようが物理法則に基づいて壁に衝突する。当然自分は確実に無事では済まない。

 しかし、それでも真っ直ぐに進む。杖を固く握りしめ、シェリー君から一切目を離さず、躊躇い無く来る!

 この時この瞬間に全てを使い切る人間の動きだ。


 シェリー君が回避に専念していた理由は3つある。

 1つ目は純粋に毒爺に攻撃を積極的に行わせて消耗させるため。こちらから攻撃しては防御や回避に回って温存される危険性があったために積極的に攻撃せざるを得ない状況を作り出した。

 2つ目は毒爺の攻撃のデータを採取するため。1つ目同様、回避や防御に回られてはサンプル数が減る。故にこちらから攻撃の邪魔となる行動や正確なデータを取る際の邪魔をしないように何もしなかった。

 3つ目、これが最も大きな理由である。

 消耗した状態かつ攻撃傾向を知らない状態で、未来予測を用いた回避をしつつ攻撃を行うという手段は今のシェリー君には現実的とは言えなかった。

 回避に専念していれば、相手の攻撃動作に干渉する要素が減る。が、こちらから攻撃する事で相手の攻撃動作に干渉してしまい、攻撃動作の変更が未来予測の回避の計算を更に複雑化させる。

 攻撃要素が加わったことで難易度が跳ね上がった未来予測の計算、計算に基づく回避行動、計算に基づく攻撃行動。この3つを同時に行うのは、脳と肉体への負荷が現在の比ではない。

 という事で相手の消耗と攻撃動作のサンプル収集を行い、未来予測の計算の負担を軽減して攻撃へ移る転機を得た。

 ただ、相手も相手で動きが格段に良くなった。

 これまでシェリー君が毒爺を相手に『H.T.を用いた不意打ち』や『回避に専念して準備を行っての攻撃』といった面倒この上無い手段を使った理由。

 それは正面から真っ当にぶつかればシェリー君が負けるからだ。

 正面からシェリー君がシェリー君として向かっていけば警戒されて不意打ちは上手くいかなかった。

 未来予測無しでぶつかり合えばシェリー君が力で押されて負けていた。だから準備をした。



 では何故シェリー君は最初に気絶させた時に毒爺を拘束しておかなかったか?脅威を放置したか?

 勿論経験になるというのは大きいが、それ以上に毒爺を納得させる為・・・・・・・・・だ。

 小娘相手に徹底的に圧倒的に端的に言い訳の余地も議論の余地も無く完全敗北させる。それで毒爺を折る・・


 『身体強化』・『強度強化』


 か細い少女の手足が刹那、剛力を纏う。手にした藍色の布が一瞬、鋼鉄を超す堅牢さを得る。

 鋭く、躊躇い無く、揺らぎ無く、洗練された斬れぬ一刀が老人へと向かう。

 杖とH.T.が派手に触れ合った。

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