淑女同様


 驚愕するシェリー君。その表情にご満悦の自称そこそこ天才。

 「どうぞご自分の目で確認を。」

 そう言ってマグカップを向かい側に居るシェリー君の目の前に滑らせて、改良型H.T.もついでにと渡す。

 確認したマグカップは当然無傷。細工はされていない単なる陶器。

 で、問題は布の方だ。

 触り心地は、現状4枚重ねの状態とはいえ、薄布を違和感無く加工してある為にただただしなやかな布でしかない。

 H.T.でこの家と殴り合った時にも言ったと思うが、シェリー君の持つH.T.は自身に纏って内部にスプリング機構を作って衝撃から身を守る事が出来る。が、防げないケースも存在する。それが先程の様な衝撃を逃がせない場合だ。

 発条バネ仕掛けはあくまで衝撃を逃して吹き飛ぶだけ。吹き飛ぶ先が無ければプレスされて中身は潰される。

 それこそ、瞬間的に布の中にクッションが出来ない限り、陶器は砕け散っているべきだ。

 「……水蒸気ですか?」

 触れていたシェリー君が何かに気付き、自称そこそこ天才に目を向ける。

 「おぉ、気が付いた。

 正解。衝撃の瞬間に布の内部で瞬時に水を気化させてクッションに仕立て上げた。

 発条仕掛けも良いが、あれはその布の自由度を著しく下げる。爆発物を最初は内部に仕込もうとも思ったが、それでは一回限り。おまけにクッションを膨らませない時には邪魔になるし、普段使いでの暴発リスクを考えると不向き。

 という事で、一定以上の衝撃を受けると、布内部に組み込まれた術式が自動で発動して布内部に作っておいた密閉区画内部に水を発生&瞬間気化。瞬間的なクッションが出来る。

 これで大半の衝撃から身を守れる。」

 「成程、では先程金槌が殴ったのはこのマグカップではなく……」

 「布内部の水蒸気風船ということ。

 これなら火薬と違って再利用が可能。極限まで魔力消費を抑える様に作っておいたから万一の事態に一回使っただけで魔力がすっからかん……とはならない。」

 自称そこそこ天才の発明家。

 魔法という法則の中で生きてきた人間の発想はそれ・・ありき。魔法という強力な術を手にした結果、その術に任せて浅慮になっていた。結果、今までの敵対者は単純明快に突っ込んできた。創意工夫が足りなかった。脅威とは到底言えなかった。

 魔法という法則を貪欲に学び、既存のものをよりよくせんと深慮し、創意工夫してこうして形にしている。

 今、目の前にいるこの男は、間違いなくシェリー=モリアーティーの脅威に成り得る存在だ。

 シェリー君の為に作ったH.T.は未だに創意工夫の余地がある。シェリー君の能力次第でこのただの布が弾丸を防ぐ盾になり、強大な生き物を切り裂く剣に出来る。機能追加の余地も勿論用意している。

 今のシェリー君にここまでの事は出来ない。現状、この男は淑女同様に、シェリー君一人ではどうにも出来ない存在だ。

 ああ面白い。


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