『昨晩、貴女は何をしましたか?』

 シェリー君は真っ直ぐに孫娘を見ていた。

 それは自分を最悪殺していたかもしれない人間に対する敵意でも殺意でも憎悪でもない。

 かといって穴だらけで未熟で愚かしい見え見えの犯行を崩壊させられて動揺している人間に対する憐憫や嘲笑をする訳でもない。

 純粋な傾聴の姿勢で居た。

 これから相手がたとえ荒唐無稽な妄言を言ったとしても真剣に真摯に真っ直ぐに聴くという信念だ。


 「は、はは、はははは。

 いやいやいやいや。それは確かに私のだよ。で、さっき失くして、今この家を探していた目的もそれ。

 実はちょっと昨日からお腹の調子が悪くって、それはドクジーから昔貰った薬でね。

 失くしたけどそれを言うのがちょっと恥ずかしくって、言えなかった訳だ。」

 少しおどけて恥ずかしさを演じて見せているが、動揺が拭えていない。

 先程と比べても身振り手振りは大袈裟になり、しかし手足の末端は自分の思う様に統制出来ずに小刻みに震えている

 表情も百面相とばかりにコロコロ変えているが、動揺して一ヵ所に留まらない眼球の動きを誤魔化すには至っていない。

 「成程、ではこれは腹痛用の薬であると……。

 解りました、納得です。」

 「あー、良かった。」

 この場で飲ませれば一発だが、それはしない。そして、安堵する孫娘が手を伸ばして物証を回収しようとして、その手を躱した。

 「未だオーイさんに訊きたい事があります、これはその後で。」

 「……何?」

 孫娘の一時の安堵が僅かに不安で曇る。これから放たれる言葉で自身が致命的に追い込まれるという予感による陰り、それは大正解だ。

 手の中の物証の追求の代わりに、もっと真摯で、思い遣りに溢れ、しかしある意味追及や糾弾以上に孫娘を惨く酷く追い詰める言葉を続けた。

 「それが昨日の件と何ら関わりが無いと仮定したら……何故オーイさんは昨日この仮家に入ったのでしょうか?」

 息を呑んだ。

 「なんでそ……何でそんな風に思ったのモリー?

 私は昨日この家に入ってないよ。」

 顔が真っ赤になった直後に血の気が引いて蒼白になり、しかし夏の日差しにでも曝されて居るかの様に汗を流し始めた。

 「オーイさんには説明しましたよね。鍵が無いからと私はこれを扉の下に忍ばせていると……」

 そう言って懐から取り出したのは長方形の小さな紙。それは丁度三つ折りになる様なおり跡があり、取り出すと同時にその跡によって刻まれた形になろうと変わる。

 「外出する時、扉の下にこれを噛ませておく。そうして外出中に誰かがこの家に入った場合、これは外れ落ち、帰宅時にこれが扉の下にセットされているか否かで侵入を確認するというものです。」

 侵入自体は防げないが、侵入の有無を確認し、それによって家の中の変化。招かれざる客人が内部に潜んでいるか、歓迎出来ない置き土産の有無の確認が出来る。

 「私は昨日、これが家の中に落ちているのを見て誰かが家に入ったと確信しました。」

 「じゃ、じゃぁ私は入っていないでしょ?

 私はそれを知っていたんだし、もし私がこの家に入ったとしたら、それを知っている私はちゃんと入ってきた時と同じ様にそれを扉の下に置いておく!」

 「この仕掛けの事を私はオーイさん以外に話していません。

 そして、昨日私はこれを扉の下に置いていませんでした。」

 有る筈の無い物が家の中にあった。そしてそれの有無が侵入者の有無に繋がるという事を知っているのは目の前の孫娘だけ。

 そして昨日、家探しをした後に毒物が見付かった。

 これを偶然と捉えるのは無理があった。


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