動いた証拠


 これ以上肉体主導権の奪い合いで肉体に負荷を掛けるのも無駄なので、殺害を止めて真剣に心配するシェリー君を演じになる。

 「誰か彼を診療所に!ケガをされています。」

 相変わらず警戒されて体は巧く動かないが、最低限タコボウヤの様子を見て心配している様には見える。

 「エ…ッッッッ!」

 当人はと言えば、良心シェリー君によって守られた首から上を回し、痛みにのたうち回りたいが、のたうち回ろうとする体の動きで発生する激痛で体が強張る。それによって更に痛みが生まれて、のたうち回りかけ、激痛で体が硬直。これを繰り返しつつ、こちらを恨めしそうに睨む。

 私がやったという事が露見している訳ではない。単に自分の事故を丁度目の前に居るシェリー君に押し付けているだけ。

 衆人環視の中で本人にも気付かれずに関節を外す程度、温い茶を飲み干す程度の動作だ。

 現に周囲の誰も彼もが地面に打ち捨てられたタコボウヤの心配をするのみで、私に対して向けられる敵意は無い。

 何処から如何見ても頭に血が上った阿呆が自分で転んで無様な醜態を曝した様に見せた。

 先陣を切って凶器を担いでいた数人が痛みに悶えるタコボウヤの様子を見てシェリー君への疑いを上書きされ、代わりにタコボウヤへと向かってくる。

 さて、一つ面倒事は片付けた。最低限動物の学習機能がこれ・・に付いているのならもうあんな愚かしい真似は出来ない。

 もし懲りずにするのであれば、その時は今回の続き・・・・・をするだけだ。


 タコボウヤが全身の痛みで悶絶しながら診療所へと連れられて行き、それに釣られる様に他の連中も仮家から離れていく。

 そもそも、昨日シェリー君は老医と診療所で汚物にまみれながら治療に当たっていた。

 中毒を起こしていた人間は治療されたという心理的に責め辛い状況な上に敢えて面倒な中毒を起こす意味も無いと解る以上、端から大半の人間がタコボウヤによって誘導されていた。

 先導者は今倒れ、その取り巻きも診療所へと引っ込んだ。

 あとは烏合の衆。あるいは蜘蛛の子を散らすだけ。調べられても問題無かったが、有耶無耶ならそれはそれで構わない。

 さぁ、茶番をおしまいにしよう。


 仮家から殆どの連中が消え、残ったのは荒らされた仮家の後片付けにと残った孫娘だけ。

 とは言え、仮家には殆どものが置かれていない。更に言えば荷物も最小限。後片付けする程のものはあってないようなもの。

 既に片付けは終わっているが、孫娘は相変わらず仮家の片付けのフリをして何かを探している。

 「オーイさん、何かお探しですか?」

 後ろから声を掛けられて孫娘がビクリと体を震わせる。

 「い、いや。何か落とし物とかしていないかなって……。

 あいつらの持ち物が残ってたら返せだの盗んだだの後々言われたら面倒でしょ。だからちょっと確認を………」

 わざとらしい愛想笑いをこちらに向ける。が、それは直ぐに崩される。

 「落とし物でしたら、ここにありますよ。

 貴女が落とした昨日の中毒事件に使われたものと同じ毒が。」

 シェリー君が懐から取り出した折り畳みの紙袋を見て、孫娘の表情が驚愕と絶望に染まった。

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