自称そこそこ天才から渡されたもの

 「互いが別々の方法を模索して、早い者勝ちで対象を捕獲・交渉、あるいは始末するという方法は……」

 「出来ませんね。

 少なくとも私が経験した両者の能力は性質こそ違えど十二分に命の危機を感じる程の脅威でした。

 この『家』を手動操作で動かした場合の、つまり全力を知りません。しかし、私が遭遇した相手の全力も同時に知りません。未知多い脅威相手に憂いのある状態で挑むのはあまりにリスクが高過ぎます。

 それに、折角ここに脅威に抗おうという二人が居るのです。足並みを揃えて協力しない手は無いでしょう?

 それに、私はジーニアスさんと敵対したくはありません。」

 シェリー君の表情が最後の一文を口にする時に和らいだ。それに対して自称そこそこ天才は満更でもないという表情を向ける。

 「最高の賛辞だ、自称そこそこ天才冥利に尽きる。

 それだけの物を作った人間から脅威認定されるとは、私も『そこそこ天才』の中では上位になってきたのかもしれない。」

 口元で両手を組んでH.T.に視線を向けつつ満更でもない薄笑いを浮かべている。が、残念。シェリー君の考えはそこにはない。

 「いいえ、単純にジーニアスさんという人物との関係性を悪くしたくは無いという意味です。

 他の、『自称そこそこ天才のどなたか』ではなく、『ジーニアス=インベンターさん』というたった一人の、自分の発明に自信と信念を持ち、私を肩書だけで判断せず、人への敬意をお持ちの素敵な発明家の方と折角知り合えたのです。関係が悪くなるのを出来れば阻止したいと考えるのは不思議な事では無いでしょう?」

 人心掌握術……というにはあまりに未熟で稚拙でその術とはそぐわないもの。この男のアイデンティティーの多くを占める『発明家』よりも『人』に焦点を置いたものだ。

 「お、成程。

 そうだな、私としてもそれだけのものを作り出す人間と切磋琢磨する事は望むところだが衝突は好ましくない。

 ……よし、ではこうしよう。」

 そう言って男は思い立った様に家へと飛び込んでいった。

 書類を引っ繰り返す音、金属同士がぶつかる音、装置の駆動音、本人の独り言というには中々に大き過ぎる声。それらが5分程続き…………。

 「これを君に渡しておこう。」

 家から戻ってきた男の手には小さな魔道具が握られていた。

 金属製の立方体。その表面に線が入り、立方体を一度複数の部品に切断して再度組み合わせた様な立体パズルもどきだった。

 「有効範囲は10㎞。これに魔力を流すと……」

 手の中で立体パズルが動き出し、表面が割れて中に隠されている赤いスイッチが現れた。

 「これを押せばこの家に連絡と居場所が伝わるようになっている。

 森で倒れていた人間の症状を聞く必要もあるし、日が暮れかかっている。

 今日は一度出直して、また明日、再度議論をする事としよう。これはその時に使うといい。」

 霧が深く、森が光を遮って何時でも暗い印象ではあるが、池の上の空を見上げると、雲と空が真っ赤に染まっていた。

 「……そうですね。そう致しましょう。」

 そう言って自称そこそこ天才から発信機を受け取った。

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