ヴァニシング淑女
人質の小娘はぎゃあぎゃあ喚く事は無く、大人しく、むしろ自分から盾になった。
宰相の娘と聞いていたが、どうもこの手の出来事に慣れているらしい。
「貴方が拘束しているのは我が校の生徒、コルネシア=アルヒィンデリアです。
彼女は今、重要な課題の最中ですので、直ちに解放を。」
正面数メートル先に立つ女は女で凄まじい形相をしていた。高圧的な命令口調ではないが、有無を言わせないという威圧感は下手な命令以上に恐怖を抱く。鋭い眼光は名匠の作った刀剣の様で、全身の鞭の痛みだけでなく、皮膚を何かに切り裂かれる様な痛みまで感じる。
追い詰められてこうなっただけだと考えていたいが、止めだ。多分元から
非常に痩せているから弱々しいイメージを抱きそうなものだが、正面から真っ直ぐ見た今、下手な大男よりも存在感があるし、実際に屈強な男達を倒してここまで来ている以上、見た目のイメージは当てにならないと分かっている。
俺は今、人質を盾にしている。だというのに一切揺らいでない。
寧ろ追い詰められたこっちの方が少しだけ震えている始末だ。
剃刀だのなんだのと呼ばれていた傭兵に追い詰められた事があった。その時は周りにいた連中を盾にして時間を稼いで逃げた。
小娘を人体実験して強化人間を創ろうとしていた自称天才学者とかいうヤツに捕まった時はゴミに紛れて悪臭漂わせて逃げた。
貴族の家に忍び込んで捕まった時はそこのお嬢様を居もしない家族の話や在りもしない可哀そうな男の話をでっち上げて同情させて人質にして逃げ出した。
その時はヒヤヒヤしたが、何とかなるだろうと思った。
何とか出来ると頭の何処かに安心があった。
「危なっかしい鞭は、捨てて貰えるかなお嬢さん?」
必死に虚勢を張って余裕のフリをするが、首の後ろの冷たさが全く変わらない。
おまけに胸が初恋の熱病に罹ったお嬢さんみたいなことになってる。
「構いません。その代わり、必ず解放して貰います。」
そう言うと、袖の中からするりと地面に細長い物を落とす。
薄明りの中で大して見えやしないが、ただただ高品質の、年季の入った鞭。
あーんなモン一つで何人もやっちまっただろうと考えるとゾッとする。
特別製の魔道具やらなにやらならまだ納得出来た。
「他に持ってたりは?
特殊な魔道具の鞭は?」
「貴方が危惧しているような物は持ち合わせていません。
さぁ、解放を。」
「あぁ、じゃあそうさせて貰おう。
俺が無事逃げてからな。」
人質を逃したらそこでお仕舞い。ギリギリまで肉盾にさせて貰おう。
「あぁ…………」
人質の喉から、抜ける様な諦めの声が出た。慣れているな。
「であれば、交渉は決裂ですね。」
「へ?」
目の前に淑女が
腕が消えた
天井が見え
い た い
「魔法を用いた護身術程度であれば、淑女は使えて当然です。」
いつの間にか淑女は人質と男の前に居て、男はいつの間にか倒されていた。
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