淑女は抜き打ち検査を行っていた

 《時と場所は変わってとある地下へ》


 真っ暗闇の中、ランプの光が幾つも揺れ動く。

 石造りの地面を滑りそうになりながら走る足音が一つ。


 世界は広い。

 昔、まともな面を偽装しつくって外側では人道主義の紳士を気取って、豪勢な家の地下に高価な合金造りの隠し部屋を作り、音が決して外に漏れる事の無い換気設備をワザワザ発明させて、その中で人間を生きたまま燃やしては治してを繰り返すクソ野郎が居た。

 そいつは結局、自分のタバコの不始末で家を焼いて悪事秘密がバレた挙句、火事で無残に全身を満遍無くウェルダンにされ、一命は取り留めたが焼き色が付いたままになり、火であればマッチだろうがロウソクだろうが見る度に失禁する無様を晒すハメになった。


 結婚詐欺師の小娘は男達を手玉に取り、毎夜毎晩男達に蕩ける様な夢を見せては惨い現実を叩き付けていた。

 男達は女の真実の愛を、唯一自分にだけ向けられている愛を信じて相争い、殺し合い、死体の山を作る寸前で警兵に女諸共捕まった。

 男達は女に騙され良い様にされて零落れた自分達を牢の中で嘆き喚き呻き続けて喉と精魂を枯れ果てた。

 女は男の居ない牢で、互いに噛み殺し合う関係性を続けて小娘から雌狼になった。

 そして、牢を出て迎えた結末は、結婚詐欺師の小僧達の餌。

 蕩ける夢を見せて惨い現実を突き付けていた女は惨い現実を突き付けられて蕩ける夢から醒める日々を続けた。

 そして、小僧達は小娘だった雌狼よりも狡猾で、決して捕まるヘマはしなかった。


 この世界に居ればアルバムや走馬灯がロクでなしの品評会や博覧会になる事は多々ある。

 だから俺は運良くこの世界を十五年生き延びた頃に動じる事を忘れた。墓から美人を引っ張り出して蝋細工にする変態クソ野郎や自分の肉を食う為に治癒の魔法に長けた闇医者に逐一驚いていたら毎日驚きと変顔をしているだけで終わるからだ。

 「ひぇえええええ!なんじゃありゃぁ?俺聞いてねぇよぉ!」

 地下室に無造作に置かれた鉄格子を盾に全速力で逃げ回っていたが、もう全身が大蛇に締め付けられた様な痕で一杯になっている。

 避けても避けても避けた先に痛いのがドンピシャ。ピシっと音を立てて飛んでくる。

 こっちは必死に走ってるってのに、妙に真っ直ぐな姿勢で急ぐ様子も無く歩く向こうさんを引き離せない。

 「どーこの殺し屋さんだよぉ!血肉啜りのヒルが鞭使いの調教師にでも転職したのかい⁉」

 檻を飛び越え、すぐさま伏せる。天井が低く雑多に物が広がったこの場所で鞭を振り回してまともに当てられるなんて思っちゃいなかったが……

 「痛ってぇ!」

 鞭が脹脛ふくらはぎを捉えて炸裂音が響く。




 「当学園の生徒がここに居ると聞きました。何処に居るかお教え願えますか?」

 足音はしない。ランプの明かりが逆光になって細いシルエットが照らされる。

 頭の先から爪先まで。揺れ動く事はなく、真っ直ぐに進んでくる。

 数人の兵隊が既にやられている。この狭い空間内でどうしたら人間の足を鞭で捉えて投げ飛ばすという芸当が出来るか見当もつきやしない。


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