冷たく静かに


 地面に突き刺さった凶器が引き抜かれる。

 血で濡れない怒りで凶器の穂先が震える。

 しかし、すぐに収まり矛を収める。


 ここで最終手段に出てしまっては積み上げたものが全て水泡に帰す。

 早計なもの がやってしまった事を忘れはしない。

 その一点が一線を越えさせない。

 好機は幾らでもある。

 時間は幾らもある。

 徐々に進めよう。

 邪魔な物が幾つかあるが、順調に進んでいる。

 この場に居る限り、相手はこちらの手の内だ。

 だから慌てず騒がず座して待つ。


 結論が出た。

 矛を収めて音も無く霧に紛れる。

 姿は決して見せない。





 足元が覚束無い中、枝から枝へと飛び移る。

 痛みで少しだけ動きがぎこちないが、先程よりは動きがマシになっている。

 息も整い、冷静に周囲を見渡し、目的を持って動いている。

 「落ち着いたかね?」

 さきの輩から離れ、息が整ったところで声を掛ける。

 「えぇ、お陰様で。

 まだ少し背中が痛いですが、折れてはいないようです。」

 太い幹の上で腕を回し、背中を反らして答える。

 その程度の冷静な返答ができる程度の判断力は戻った。

 「冷静さを欠いたら死ぬ。それは何度も言っている筈だ。

 君は少しばかり自分の命を軽んじているからそれでも目的を遂げられるのならば……とでも考えるかもしれないが、それは大きな間違いだ。

 死ねば目的は果たせない。

 死ぬ気でやれば何とでもなるとでも?人の命は一個だけだ。安売りするものでも気安く賭け金にするものでもない。

 今までは君が死ねば君の周囲の人間が嘲笑して終わる程度だっただろう。が、今は違う。

 君は一商会の頭で、君が死ねば連中は散り散り。最悪死ぬ。最早君の命は君一人のものではなくなった。

 自分を駒にするのは大いに結構だ。が、その駒はキングだと忘れてはいけない。

 自分は捨て駒には出来ない。するなら自分以外だ。

 そしてもし、歩兵、騎士、城砦、宰相、女王……これらを捨て駒にしたくなければ、捨て駒無しで勝てる様にする。

 それだけだ。」

 「はい…私の、思慮が足りませんでした。」

 幸か不幸か、顔が苦痛に染まっている理由は背中の痛みだけではなかった。

 「よろしい。では、次の一手の確認だ。

 子どもを探す為に君は今何をしている?」

 既に先程までの前も後ろも無く闇雲に走り回っているシェリー君は居なかった。

 「先程子ども達に描いてもらった地図。あれを参考にしています。

 子ども達が森に入った理由は分かりませんが、情報が欠如している以上、私に出来るのは子ども達がよく遊んでいる場所を辿って情報を集め、それを基に子ども達の居場所を予測する事だけです。」


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