魔性の琥珀1
仮家に仕掛けておいた侵入者確認用の紙は扉の下にそのままの状態で付いていた。
「少し、待っていて下さい。あまり時間はかかりませんので。」
家に入って直ぐ、備え付けのランプに火を灯し、用意されていた薪をくべて竈に火を入れて、少し凹んだ鉄鍋に洗った木の実を入れて木べらで転がしながら煎っていく。
洗った時の水分がシューシューと音を立てて蒸発していき、直ぐにその音は止み、カラカラと音を立てて木の実が鍋の中を転がる。
家全体に香ばしさが広がって鼻腔を刺激する。
「あー、どうしよう。お腹鳴ってきた。」
招いた側で案内役である筈の孫娘はさっきまでのしおらしさはどこへやら。怯える様子も体調が悪いといった様子も無く、自分の家の様にくつろいでいた。
孫娘とシェリー君は出会って未だ一日と経っていない。それでこの有様。如何せんフランクが過ぎやしないかね?
「もう少し待っていて下さい。未だ仕上げが済んでいません。」
一応我々は課題で来てはいるものの、招かれた側なのだが、シェリー君もシェリー君で全く気にしていない。
荷物から茶色の小瓶を二つ取り出し、鍋の中へ順に振り掛け、素早く木べらで掻き回す。
片方は白い粉末。片方は琥珀色の液体。
それらが溶けて混ぜ合わさり、鉄鍋の熱でジュゥと音を立てて水分が蒸発していく。
直ぐに鍋を火から上げ、余熱で溶かし焦がしていく。
鍋の中の木の実が飴色の液体を纏い、辺りに甘く焦げたカラメルの香りが充満していく。
「あ゛~……いー匂い。今のってなんかの酒と、なんか、なんの……粉?あまーい。」
恍惚とした表情で纏まり切っていない思考を口にする。
「知り合いの方から貰った製菓にも使えるお酒と砂糖です。
さぁ、これで、おいしく食べられるようになった筈です。良ければ味見しませんか?」
小瓶の中身はあの三人組が道中でシェリー君に持たせたモノ。
料理に使う他、そこそこの度数故に消毒にも使えるという事で酒を、旅先での甘いものは絶対の癒しであり砂漠のオアシスだという事で商会でも扱っている樹液を加工した砂糖を渡していた。
水を振って柔らかくした上に香ばしく煎った木の実に、それら二つをカラメリゼして纏わせた。
それが今、鉄鍋の中にあるモノの正体だ。
机の上に運ばれてきたモノの正体だ。
飴を纏ってランプの光に揺られる小さな琥珀の数々。
辺りに漂う香りは人の鼻腔を無差別に刺激し、嗅いだ者の脳を揺らし、食欲のダムを決壊させる。
先程まで錯乱し、疲れ果て、常ならぬ空腹に襲われている孫娘は、これに抗う事が出来ようか?
否。
禁断の果実であっても、致死毒の果実であっても、今の孫娘には抗い難いというのに、この魔性の琥珀に抗う術は存在しない。
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