淑女のための行事
アールブルー学園学園長は非常に多忙であった。
それは単純に怠惰で業突く張りな前学園長のやった大失態の後始末をしていたからという事が一つ。
次に前学園長が本来やっていた筈の仕事を片付けていたからという事が一つ。
その次に自分が元々教育主任としてやっていた仕事を割り振るという事が一つ。これに関しては後任を一人にして任せる……という事が出来なかったが故に数人に仕事を割り振って時間がかかる事となった。
そして、彼女がこれからやらんとしている事の外部への根回しと学園内での準備が一つ。
学年主任時代の仕事。それだけで既に他の教員の数倍の仕事量をこなしていた。
今現在の仕事量はその時と比べて更に多い。
それでも眉一つ動かさず仕事をする様は正に淑女…鬼女だ。
部屋にペンが走る音が聞こえる。
時に滑らかな曲線を、時に定規を使ったかのような直線を、ただただ何の魔法も仕掛けも無く研鑽と経験の果てに最適化した動きで書いていく。
その文章にも無駄はなく、美しさのみで構成された芸術の様である。
このまま束にして手紙や文字の教科書や手本として使えるようなそれを何かの魔道具の様に迷う事無く、塵一つのミスも無く、量産していく。
姿勢は崩れず、しかし手元だけが残像を生む速度で動く様は気味が悪いとさえ感じる。
ここは学園の一室。元々あった学園長室は図書室への通り道になった結果、学園長の部屋というものがこの学園から無くなった。
そうして学園長が何処に行ったかと言えば用途の無い空き部屋だった。
部屋にあるのは机、椅子、最低限ペンと辞書、地図と書類のみ。
人の存在を感じられないそんな場所で彼女は必要な仕事を端から処理していた。聞こえるのはペンの音だけだった。
ドアを叩く音が聞こえた。
「どうぞ。」
ペンを持つ手が止まる。
姿勢を真っ直ぐに、ドアを開いた来客を正面に捉える。
「どういうことですがフィアレディー、学長!」
ドアを開けて半ば乱暴に入ってきたのは教師の一人、中年の女だった。
「一体何の話ですか?」
フィアレディーは淡々と冷静な目。対して部屋に入ってきた女は息が荒く、目には怒りと困惑が混じった感情が入っていた。
「とぼけないで!、下さい!
学園長が企画しているイベントです。あんな事をするだなんて正気の沙汰ではありませんよ!常識が無い!」
感情を露わにする女に対して淑女は決して揺らがない。
「あれは淑女に相応しい行事と考えています。生徒達も教科書を開くだけで学びが成るのではないと知る良い機会となるでしょう。
それに、妃となる淑女を望んでいる貴女達にとっても都合が良いのではなくて?
ここで実績を作り出せれば、それは大きな武器になる。違いますか?」
「ぐ………」
言い返せない女は考えを巡らせ、しかし反論する言葉は遂に絞り出す事が出来なかった。
「失礼、します。」
恨みがましい目を向けながら女は退出していった。
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