モラン商会新人増員中

 『会長』

 過労で死にかけた男が副会長で、レンという男が幹部で、他に幹部商人が何人か居るらしい。

 その中で会長らしい人間は見当たらなかった。話を聞いたところ……

 『会長は基本的に商会にはいらっしゃらない。手紙で指示なんかはくれるがな。

 ま、俺達も会ったのは一回って事になってるが、信頼出来るから安心しとけ。

 というか、お前さん達の事をレンが会長に知らせて、急ぎで逃がし屋の事を教えてくれたんだぜ?感謝しとけよ。』

 副会長曰く、速達便・・・を使って返信したという事だった。

 案外近場に居るのか?それとも何かしら特殊な方法を使ってここまで連絡しているのか?

 なんにしろ、新参で商会を回して、挙げ句に殺し屋逃がし屋が軽蔑するような外道を相手にやりあおうとしている。

 正義の味方気取りの若者なのか、はたまた老獪な悪党なのか、知らないが、その内解ることになるだろう。




 「キリキちゃーん!予約の葡萄酒樽3つお願ーい!」

 店先で客の爺さんと話していた婆さんが大声を出す。

 「はぁい!すぐに持っていきます!外の馬車に運んで良いですか?」

 肩の上に2つ、その間に挟むようにして頭の上に1つ、大きな樽を計3つ。

 それを軽々持ち上げてキリキが店の奥からやってくる。

 アイツが持っているから軽そうに見えるが、樽一つで大人一人分の重量はある筈だ。

 婆さんと話していた爺さんが目を丸くして真横を通り過ぎていったキリキを見送る。

 「新しい子かい?

 ありゃぁ!若いは羨ましいな。あんなに軽々持てるんだから。」

 「少し前から入ったキリキちゃんよ。

 力持ちだし、可愛いし、素直で良い子よぉ。

 これからはあのがこの商会の看板娘を継ぐのよ。」

 「ん?今までの看板娘は、赤毛の……スカーリちゃんかい?」

 「私よ、何言ってるの!」

 「アッハッハッハッ!コイツは失礼!

 お詫びに……何かお勧め一つ貰っていっても良いかい?」

 大笑いする爺さんの元に静かにやって来たのはイタバッサ。つい先日まで俺達の標的だった男だ。

 「失礼。ダンナー様でよろしいですね?」

 「おお?よく知ってたな。あんたも新人かい?」

 「はい、私新しくこの商会の一員になりましたイタバッサと申します、以後お見知りおきを。

 大工衆のトーリョー=ダンナー様は副会長より御得意様と伺っております。

 此度は大仕事後の宴会のご準備で?」

 「ああ、まー…なんだ、ちょっとした大仕事が終わってな。打ち上げってところだ。

 ウチの若いのがザルやワク揃いで、あんだけ樽三つあっても足りるかどうか……よし、酒のお勧め貰っていいかい?額は気にしなくていい。」

 少し声を詰まらせた爺さんを見てイタバッサは一考。少々お待ちくださいの言葉を置いて直ぐに馬車の方へと向かう。

 「キリキさん、倉庫の奥の試し・・の蒸留酒を持ってきて頂いても?」

 「はい、解りました。直ぐに運びますね!」

 キリキに指示しながら自分も倉庫へ入っていく。



 「こちらは如何ですか?」

 暫くして倉庫から戻ってきた二人が爺さんの前に出したのは、大きな樽と、その上に置かれた黄土色の塊。

 「酒……か?」

 「こちらは以前蔵元より頂いた試供品です。

 強い酒精アルコールだそうで、味や強さの感想が欲しいとの事でした。良ければご感想頂けますか?

 あぁ、それと、こちら葡萄酒に合うチーズもご用意しましたが、如何しましょう?」

 「おぉ、じゃぁそっちも買おう。お代は?」

 爺さんの言葉を待っていたとばかりに懐から領収書を取り出す。

 「こちらに、試供品という事でお安くしておきます。その代わりと言っては何ですが、次に来店された時に是非感想をお願いします。」

 「おぉ、分かった。アンタ名前は…イタバッサさんだったな。

 有難う、覚えたよ。じゃ、また。」

 爺さんはそう言って馬車で帰っていった。


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