殺し屋にも対応しているモラン商会

 「死んで、下さぁい!」

 人間の頭蓋よりも巨大な槌が下から上へとフルスイングされる。

 狙ったのは顎。顎を殴って頭を揺らせば人は気絶するとよく言われるが、それは拳での話。

 月光が反射する金属性の大槌。それが空気を押し退ける重い音と共に人間の顎に衝突すれば顎が砕けるだの脳が揺れるだの脳が頭蓋にぶつかって死ぬだの言っている話ではなくなる。

 顎も脳も頭蓋も区別が無くスクラップになる。

 「うぉっと、女の子の頼みは出来るだけ聞きたいんスけど、それはお断りッス!」

 下から迫る槌よりも早く宙返りをしてこれを間一髪、華麗に回避……が、

 「甘いぜぇ、お前には俺に殺されるかキリキに殺されるかの二択。死の択しか無いんだよぉ……」

 キリキの後ろからニタリが姿勢を低くしてキリキをすり抜ける様に素早く駆け寄りつつ、宙で回転しているレンに向けて両手に持った短剣をそれぞれ投擲、そして距離を詰めようとするその手の中には更に短剣が現れていた。

 「のぉ!そんなの要らないッス!」

 握られていた望遠鏡を空中で一閃。飛んでいた短剣二本は軌道を変えて地面へと……

 「連れないなぁ、四本全部持ってけよぉ、冥土の土産だ。」

 打ち返す。

 地面を向いていた二本の短剣の切っ先がニタリの短剣で打ち返されて回転しながら再度レンを狙う。

 更にニタリが持つ二本も切っ先はレンへと向いている。

 レンの着地自体は成功したものの、その手にあるのは望遠鏡だけ。武器という武器を携帯しているようには思えない。

 四本の短剣は回避を許さない角度でそれぞれレンに襲い掛かる。

 しかし、レンは慌てない。

 一歩もその場を動かず、した事と言えば手の中に収まるほど小さな望遠鏡を目の前に突き付けただけ。


 『百手類ハンドドレッド起動』


 その場に居た者全てが聞いた奇妙な言葉。

 それは本来、人を害する悪意を紡いて糸として、織って、切って、縫って、形にした狂気の名前。

 無垢や無害を結集させて殺意へと豹変させる悪意に満ちた凶器の名前。

 百種類の殺害を可能とする手の中のそれは今、殺し屋に牙を剥く。


 イタバッサが見たのは、望遠鏡を突き付けたレン、そして黒いフードのニタリ、迫る四本の短剣。

 瞬きを経て。

 イタバッサが見たのは、頑丈そうな棒を振り回して短剣とニタリを撥ね除けているレンの姿。

 「ハチョー、ッス!」

 自分の背丈ほど有る棒が空気を切って呻る。そして、何故か当の本人はとても楽しそうに笑っていた。

 「ぐぇぇ……何処にそんなモンを隠していた?どんな魔法使いやがったぁ?」

 地面に叩きつけられたニタリが立ち上がって口元を拭う。

 暗がりでよくは見えないが、その顔には苦悶が浮かび、口元が黒く汚れていた。

 「手品ですか⁉いきなり棒が出て来たので吃驚です!」

 そして、キリキは目を丸くしつつも大槌を振り回して今度は真上から思い切り振り下ろした。



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