レンの人生

 傭兵のレンは未だ年若い。傭兵の頃にジャリスに付いていたのは、慣れない傭兵稼業について教えを乞うていたからだった。

 その人生をまとめて本にするとしたら、既にその本は辞書もかくやの厚さになるだろう。


 先ず生誕の前から既に波乱に満ちていた。

 よくある事ではあるが、ある貴族の一人息子が偶々自分の護衛をした傭兵の女に一目惚れ。

 幼い頃から約束されていた謀略と打算と妥協に満ちた婚約を破棄して一人息子は出奔して傭兵に猛アタック。実家も婚約相手の家もカンカンに怒って、追っ手を差し向け大波乱。

 傭兵の女は貴族の息子と貴族二家の刺客の三者から多種多様な猛アタック。波乱に満ちてうんざりしながらいなしたり、返り討ちにしたり、逆に殴り込みに行ったり………無茶苦茶な強さの女は最終的に三者をボコボコにしたのだ。

 面倒事で雁字搦がんじがらめは嫌いだったから。

 だが、一人貴族の息子だけは何度ボコボコにしても折れず、他の二者がもう関わるのを諦めても彼だけは諦めずにいた。

 こうして、彼の真剣さに絆され、彼を知り、最終的にその情熱に根負けして結婚する運びとなった。

 こうして夫婦は貴族達の束縛が及ばない新天地へと逃れ、数年後には子どもが生まれるのだが、それがレンである。


 『レンはこうしてあれよあれよと生まれてすくすく育って……傭兵になり今に至っている。』……………という訳にもいかなかった。


 更に続く。


 新天地での生活は順風満帆だった。

 父親は貴族の出で世間は知らなかったが学と魔法の才は有ったから食うに困る事は無く、仕事も沢山あった。

 母親は元々有名な傭兵で言うまでも無い。

 息子のレンは父親から教養・学問・魔法を学んだ。母親から格闘術・実践向きの知識・サバイバルのノウハウを学んだ。

 才能とでも言うべきだろう。彼はそれらに惹かれて吸収した。

 本来は在り得ざる知識の交差。貴族達の学び舎の最奥と死と隣り合わせの最前線のそれぞれで掴める、本来一人の人間が同時に得る筈の無い知識を両の手にしたレンは異様で異常に両親以上に成長していった。

 齢十歳。この段階で既に彼の能力は大人に通用する程だった。

 己の出自を理解し、その上で笑っていられる程に精神も十分に育っていた。

 だから、ある日彼の母親が傭兵の仕事から帰らなかった時、その日彼の父が帰ってこなかった時、彼は自分の家を捨てた。

 追手が来たのは彼が家を捨てた後だった。


 (ウチは母さんが居るからこその抑止力で父さんや俺に手が出せない。

 で、抑止力の無い今、一人息子の父さんを捕まえるのは容易い。

 最悪こっちにも追手が来るかも……)

 貴族の家より彼の方が一枚上手だった。

 「さぁて、これからどうするッスかね?

 下手にまともな商売やると見付かるし、盗賊やるのは父さんと母さんは悲しむし…………どーするッスかね?」

 能天気な彼はほぼ着の身着のまま野宿をしながら放浪して……なんやかんやでジャリスの所に辿り着き、そうしてこの前傭兵を辞めてモラン商会へと……という運びだ。

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