If?:破落戸と少女の最後の悪夢29



 燭台に照らされる影が三つ。

 笑い声に呼応するように炎が揺れて、影が笑っている様に思える。

 楽しい時間家族との談笑は長い方が良い。楽しい時間が終わるのはとても悲しい。でも、明日がある。

 だから今日はこれまで。また明日。

 影が一つ立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。

 「おやすみなさい、お父様、お母様。」

 「あぁ、お休み。我が娘よ。」「おやすみなさいリザ。」

 それに対して二つの影は慈愛の言葉を投げかける。

 リザ=テイル。彼女は、、どころか、裏社会のごく一部の人間を除いて、今まで通りの、勤勉で真面目で人に対して真摯なお嬢様である事を疑う者は存在しなかった。『今までと全く変わらずに』である。

 「あぁ、そう言えばリザ、最近は随分と夜が早いなぁ。」

 髭を生やした壮年は、灯りに揺られて心配そうな顔をして、部屋から出ようとする愛娘に慈愛の言葉を投げ掛ける。

 リザは足を止めた。

 遂に、遂に来たと心臓が跳ねる。

 「お父様と話していたのだけど、あなたは最近少し変ったわよね。

 何か、あったの?」

 愛娘が将来成長したらこう成るであろう姿を映し出した婦人は、柔らかな笑みを浮かべて口にする。


 少女はこの時が来ると確信していた。

 真面目に、誠実に、真摯に、今までと決して変わる事無い自分を思い出し、思い描き、それを自分に映し出して来た。

 過去の自分を今の自分に投影。

 真面目な人間の『かく在るべし』『かく在らねばならない』という理想を自分に押し付ける特徴を利用した手法。

 本人は全く自覚の無いままそれを行っているが、これは真面目な人間の行う狂行。

 壊れていると言ってもいい。

 しかし、その狂気染みた真面目さが、今回は功を奏した。

 怪しまれず、裏通りの皆と仕事をこなせた。

 しかし、両親は別である。

 自身の真面目な性質を幼い頃より知っていた二人には、頭では無く、心でその変化に気付いていた。

 「街の人から聞いたぞぉ。最近のお前は少し張り切っている様に見える……となぁ。」

 髭を指先で摘まみ乍ら目を瞑って思案する。

 ウェザリー=テイル。

 野望も野心も無い髭の壮年……それがリザ=テイルの父親である。

 だが、彼も貴族として長年生きて来た才人、何より、リザ=テイルの父親である。

 お人好しなのだ。

 しかも、割と見境が無い。挙句に表裏も無い。身分差も考えていない。

 だからこそ、貴族として今の地位に居る。

 彼はとても下の者から慕われる。表裏無く、分け隔てなく対するその誠実さは人の心を惹き付ける。

 同じ貴族や上の貴族からは、純粋に人として慕われたり、人間性やカリスマ性に嫉妬されたり、剣と花束を突き付けられる様な立場ではあるが、本人がその事を気にせず、と言うか気付かず……………。

 結果として、純粋な好意や敵意、打算や悪戯心が彼の周囲で蠢き、最終的に牽制のし合いをしている所為お陰で均衡を保っている。

 要は、彼の元には思惑が色々有れど、人材や情報、物資がある程度流れて来る。

 愛娘の情報に関しては自分から前のめりになって耳を傾けるし、情報提供者もそれを知るから前のめりに提供する。

 表通りに関してはそこら中に彼の眼が拡がっている。僅かな差異であってもバレない訳がない。

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