If?:場違いな少女の最後の悪夢9

 夜の街。

 街灯なんて洒落たものはこの近辺には有りません。だって街灯を作ろうという人間は必要が無いと思っているのですから。

 吐き気を催す程淀んだ空気が、地下から立ち昇って街を漂っているのが解ります。それが徐々に目を潰し、肺を侵し、体を弱らせていきます。

 何故そんなものが漂うのか?地下の下水は汚物とゴミと毒の吹き溜まりで、誰もそれを綺麗にしようとは思わない。そうして誰も彼もがそこに汚物やゴミや毒を捨てて、それを誰も咎めず、誰もそれをいけない事だと言わない。

 だからここの空気は酷く淀み、汚れ、毒されていくのです。

 衣服はノミとダニの住処。人間の体を外気や陽光から守るどころか、衣服の形を成しているかも怪しい。人に牙を向く害虫で命を落とす者が少なくない程に酷いもの。

 食べ物はそもそも無いのです。皆に行き渡らないどころか一人が生きていけるかも解らない程僅かで、おまけに劣悪なものを奪い合って傷付け殺し合う様な有様。挙句に手に入れた僅かな劣悪な食べもので中毒を起こして死に、又は飢えに負けて生き物の死骸や中毒死したものの肉を口にして死に、それを誰かが口にして死に……人の死は人の死を呼び、終わらない連鎖を繰り返すのです。

 住む場所。えぇ、確かにこの近辺は建物が密集しています。

 でもここに在る建物は全て住む場所ではないのです、少なくとも。

 この近辺にあるのは名義不明、用途不明の倉庫ばかり。

 しかし、中に何があるかは解らないのです。

 何故って、面白半分に入った人間や、飢餓で極限状態となった人間が入っていくのは見ても、戻って来て、中の様子を口にした人間は居ないのですから。


 そして、それ以上に酷いのは人間。

 劣悪な環境で血肉を作り上げ、毒を食べ、悪意を吸い込み、創り上げられた人間はその環境に相応しい人間になる。

 奪い、犯し、貪り、暴れ、壊し、傷付けて嗤う。

 それが普通。

 狂気に溢れたこの都市の暗部。

 「そんな中にわざわざ飛び込んでくるなんてな………。

 今からでも戻って、やり直す気は無いのか?」

 ならず者の一人がリザ=テイルに訊いた。

 先陣を切る少女の様な女は、夜の闇を凝視し、辺りを挙動不審と呼べる程に見回し、半ば目を回していた。

 怯え、苦しみ、恐怖を抱いていた。

 この都市の暗部で生き延びる人間は、この闇に逐一怯え、苦しみ、恐怖を抱いてはいない。

 何故かと言えば、この闇に怯え、苦しみ、恐怖を抱く人間は生きていけない。

 その段階でどうしようもなく死ぬ。

 恐怖に呑まれれば死ぬ。

 こんな世間知らずの少女が生き延びる事は到底出来ない。

 誰がどう考えても裏稼業には向かない。

 しかし、今現在、彼女は夜の街をビクビクしながら闊歩している。

 到底誰かに従えられる事など無い様な、ならず者達を従えて。



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