予想だにしない伏兵

 「追手は?」

 後方を睨みながらジャリスがそう言った。

 「前方は?」「居ないにー。」

 「側方。」「居ない様じゃのー。」「ヌゥ、こちらも居ない。」

 「ジャリスさん…じゃぁ俺達………」

 「取り敢えず、峠は越えたみたいだな。

 皆、お疲」

 『お疲れ』

 その言葉を言い切る事は出来なかった。

 凄まじい揺れと共に馬車が跳ねたからだ。

 「な?」

 「何ス‼」

 「何が起きたにー?」

 「ぬぅ…石にでも乗り上げたか?」

 「なら何で馬車が何で止まっとるんだノー!?」

 その答えは簡単だった。

 馬車の前輪だけが浮き上がっていたからだ。

 馬が幾ら走ろうとも、後ろへ、後ろへと、馬車は引き摺られていく。

 「よぉ!…連れねぇなぁ、未だ…殺し足りねぇぞォ遊ぼうぜェおおおおェェェェ!」

 後ろから鎧に大剣を携えた男が何かを手繰り寄せる様な動きでこちらにジリジリとにじり寄って来た。


 ジャリスは虚空を見てハッとした。

 馬車の荷台の端、そこに小さな針が刺さり、そこから僅かに月光を反射させ、糸が伸びていた。

 さっき関節を撃って吹き飛ばされた時の妙な動きはコレを付ける為か!

 「クソッ!」

 懐からナイフを取り出して糸を切断しようとして……。

 「⁉切れない?」

 ナイフが糸に引っ掛かり、刃は通らずに弾かれた。

 「んなナマクラで切れっかよォ!こちとら戦のプロだぞぉ!んなモンで切れる様な甘っちょろいモン使うわきゃねぇぇぇえええ!」

 そう言いつつ徐々に距離を詰めていく。

 「ジャリスさん!ウィリアム!ウィリアムを!」

 レンが隣で肩をバンバン叩く。

 「解ってる!

 取り敢えず総員総攻撃を!」

 その言葉を合図にウィリアムが火を吹く。

 前方を走る馬車は後方馬車に何があろうと止まるなと言う指示が出されていて絶対引き返すなんて事は無い。

 糸は切断できない。かと言って馬車を捨てれば確実にこちらが各個撃破されて詰む。

 この場でコイツを如何にかするしか俺達に未来は無い。

 バンバンバンバン!

 ウィリアムが火を吹く。

 立て籠もり犯三人は馬車から降りて斧、棍、素手でそれぞれ鎧に渾身の一撃を叩き込む。

 しかし、それらが効いている様子は………無い。

 「あぁ?こんな塵屑ゴミクズ共にしてやられたのかよクソがぁ!」

 鎧がカンカンと音を鳴らしながら攻撃を弾いていく。

 「お前ら、馬車壊したら粗みじんにしてやるから覚悟しとけ。」

 グイグイと力任せに糸を引く。

 馬車と男の距離が縮まり、もう手を伸ばせば男の手は馬車に届く。

 「捕まえたぁ!」

 荷台に男の手が届く。


 5人が現状に絶望した。

 1人は勝ったと確信した。


 ポンッ

 次の瞬間、スパークリングワインのコルクが弾けた様な音がした。

 「あぁ?」

 男は自分の手に小さな分銅の様な物が付いているのに気が付いた。

 そして、そこから鋼線の様な物が伸び、その先には御者席が有るという事に………………




 「グォガァアアアアアアナゥヌゥゥゥガアガアアアアアガガガガガ!」

 男が急に痙攣して倒れたのはその後直ぐの事だった。






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