番外編:教授と私と疫学思考実験3
「厄介な事………ですか。」
「まぁ、これに関しては細菌やウイルスの厄介な点というより、災害や人智で統制しきれない、未知のものに対しての共通の厄介事だ。
端的に言えば、デマだ。」
「デマ…ウイルスや細菌による伝染病に関する噂、風評被害、心無い言葉ですか?」
「それも正解。
が、もっと厄介なデマが有る。それは、事実のデマだ。」
「デマは…嘘では無いのですか?」
「デマはそもそも虚構で人々を扇動する事だ。教科書や辞典的な意味は合っている。
が、虚構を事実にするのもまたデマである訳だ。
例えば、『災害を要因としてある物の供給量が減少する。』というデマが流れたとしよう。
この段階ではそのデマは虚構だ。何と言っても供給量は減っていないのだから。
だが、問題はここからだ。
そのデマを聞いた連中が次に如何動くと思う?」
「それを買おうと慌てる方、そしてそれを見て転売をする方が現れて需要が加速。
…………相対的に本当に供給量が減ってしまいます!」
「その通り。供給減少のデマが事実になった。
これが真の厄介だ。」
人間とは集団になればなるほど思考能力が低下していくし、能力全般が低下する。
『重い荷物を3人で持った時より4人で持った方が重く感じる。』なんて現象に心当たりは無いかね?
大概の場合、あの現象の原因は、『皆が頑張るからイイヤ。』という考えで皆が力を抜いて重くなるから。という物だ。
集団心理。というヤツだ。
そんな訳で、普段なら一笑に付すような非論理的なデマもパニックや集団心理で思考が鈍ると無様を晒す訳だ。
「あの極小の凶器は単に殺すだけでは無い。人を惑わし、思考を奪う。今のは経済的な問題を例えにしたが、コレが人種差別や宗教、特定の人間を排斥する動きにだってする事が出来る。
誰かの耳元で噂を囁くだけ。それはウイルスや細菌の様に伝播し、広がり、人を殺す事も有る。
気を付けたまえ。ウイルス・細菌に目を向けただけでは次撃でチェックメイトだ。」
「……………………………。」
「邪悪を学びたまえ。人間を学びたまえ。愚かさを学びたまえ。それら全てを糧にせんと学びたまえ。
知識は何も自分からは語らない。が、君が知識を得て自分で語る事は出来る。」
「………………………………。」
あぁ、私は今、『うっかり』言い忘れた事がある。
今言った状況下で増えるものがある。
それは、『犯罪』だ。
人はパニックを起こして扇動しやすく、思考は鈍って正常な判断が出来ない、違法に目を光らせる人間の数は減る。
悪を成そうとする人間にとって、邪魔者は減り、カモは増える。これ以上の環境はあるまい。
なんて事は無いが、実際に伝染病が流行した際、最初に無くなるのは感染防止用の消毒液やマスク。次の段階では消毒液の代わりに石鹸が無くなり、外出を控える為に非常食の類が消えていくだろう。
実際にそんな事が起きたら、シェリー君は一体、何をするだろうかね?
こればかりは、計算はしないでおこう。
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