霞の向こう
「ジャリスさん、アレを。」
レンが示す先に有ったのは、確かに異常だった。
絶賛異常発生中だった。
照準越しに見えるのは階段と廊下、それに割れた窓。
しかし、その光景がはっきりと見えなくなってきていた。はっきり見える筈の光景が白く霞んで見える。
「………チッ、煙幕か…………。」
狙撃手にとって最も面倒なもの。
1.障害物
2.煙幕
両方共、狙う上で邪魔にしかならないからだ。
このまま煙に乗じて逃げる気か。
「レンは警戒を続けとけ。」
「解ったッス!」
未だ煙が充満しきっていないお陰で視界は何とか確保できているが、これ以上濃くなると個別認識が危うくなる。
何を言いたいかと言えば、立て籠もり犯と間違えて嬢ちゃんを間違えて撃ち殺しかねないって事だ。
こちらには狙撃以外に手法は無い。
特殊な弾丸?ウィリアムはその道のプロ御用達の武器。
『原理は単純で壊れにくく、近距離にも対応している』という単純で強力なシロモノ。
経戦と近距離への対応の対価に絡め手はほとんど使えない。
風を起こして煙を吹き飛ばす様な真似、出来る訳が無い。
一応、弾を飛ばす時に弾丸を風で回転させる。が、風の規模は小さくて吹き飛ばすには足りないし、そもそも、撃たなきゃならない。
ったく、何だって今更になって面倒な物を………………………?
目の前の校舎から煙がもうもうと立ち昇る。
強烈な違和感を覚えた。
何故、今更になって煙幕なんて持ち出した?
さっきから使う機会は幾らでも有った筈だ。
どころか、さっきより今の方が煙幕を使う環境としては具合が悪い筈だ。
目の前には校舎。
あちこちから煙が上がっている。
階段付近には薄く煙が立ち込めているが、見えない程では無い。
そう、さっき俺が窓ガラスを全て割った事で今、校舎の換気性は高まっている。
煙幕の効果はお陰で薄れ、階段に誰かが来れば直ぐに見付けられるし、目を凝らせば撃つのが一瞬遅れるが、嬢ちゃんを誤射する事は無い。
何故?さっき迄の、二ヶ所だけ窓に穴が空いていただけのあの状況で煙幕を使わず、今になって使ったのか?
その時点で使っていれば、俺は確実に撃つのを躊躇い、奴等を逃がしていただろう。
今使う理由。
今やっと煙幕を作り終えたから?それは無理が有る。
そうだ、今になってわざわざ使う、この物理的悪環境で使う意味は、先程迄には無かった好ましい何かが発生した、または好ましい何かを奴等が取得して、煙幕使用時の換気性というマイナス要素分を引いてもプラスが残るだけの状況が作り出されたからだ!
それは、一体………。
煙を薄めて使う?無い。何の為に使う?
火事だと思わせて校舎側の人間を騒がせる?無い、消火の為に中に人が入る訳でも無し、水が撒かれた程度なら煙幕より余程狙いやすい。
何より、見取り図で確認したが、この学園はこの前焼けたばっかで火事対策がされてるらしい。
違う、さっき迄と今で違う事、今さっき変わった事……その変化の原因は多分こちらにある。
俺は何をした?
窓ガラスを割って………………!
奴等の狙いが解った。
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