逃走劇 終幕


こうして、賊のアジトから二つの村の人々を救い出し、シェリー君は村人を救った英雄となって学園に胸を張って凱旋したのだった……………。


4章:シェリー君の帰省と(夏休み後編) お仕舞。





そんな訳が無い!

文字数的に前編の方が圧倒的に多い訳が無かろう⁉

そんなメタ視点以前に、洞窟の入り口を潰した程度で賊が撃退出来た訳が無いだろう?

おそらく、空気の流れ方、有毒ガスの換気の必須性から、山の向こう側にも幾つか入り口が有る。

更に言えばあの程度の落盤ならば、純粋にマンパワーで如何にか出来てしまう。

回り道をされるか、はたまた洞窟開通工事が完了されたらこの村は賊の総力を持って潰されるだろう。

この村、ジヘンの村の人々を含めたとしても、賊との総力戦には勝てない。

それは数や武装という要因だけでなく、ここにいる全員の傾向として勝てない。


「洞窟は塞いだだけ?誰も殺していない⁉何故生き埋めにしなかったんだ⁉何故殺さなかったんだ⁉」

気絶したシェリー君の代わりに村へと戻り、二つの村の解放された村人達に事の顛末を話した所、こんな言葉が飛び出した。

周囲の村人はガヤガヤヒソヒソというだけで何も言わない。

『洞窟は塞いだものの、中の奴等は全員無事。脱出して出て来るのは時間の問題。』

そんな趣旨の説明をした途端、ジヘンの村の男が一人、シェリー君(私)の方を掴んで怒鳴りつけて来て………今に至る。

「何故………ですか?」

シェリー君は未だ目覚めていない。魔法の消耗は肉体に表れているが、活動出来ない程ではない。が、精神的に参ったのだろう。

と、いう訳で、私の完全擬態で受け答える。

「そうだ!アイツらが俺達にどんな仕打ちをして来たか!

あんなのを生かしておいて……しかもその上また仕返しに来るかもしれないって⁉

ふざけるな!」

語気を荒げてシェリー君の肩を突き飛ばそうとするが、

スカ

当たるわけが無い。この程度なら寝ていても躱せる。


「黙って聞いていれば何でしょうか?」

空気を突き飛ばした腕を掴む。

白魚の様な指であれど、非力な訳ではない。男の腕に白魚が牙を突き立てた。

「皆さんを逃がしながら相手を撒くので私は手一杯でした。

もっとも、この村の人だけを助けてあなた方は放置して洞窟内の天井全て落として全員生き埋めにでしたら出来ましたがね。」

これは本当だ。

逃がす村人が倍になる事で難易度は相当に上がっていた。

まぁ、そこは良いとして…………だ。

「あなたよりも年の若い、しかも女子どもに『殺せ』?何を言っているのですか?

『生き埋めにして殺せ』?私にそれをやれと?」

冷静に、静かに、疑問を投げかける。

男はその様子にたじろいて一歩下がる。

「賊の巣窟に一人、危険を承知で飛び込んで、自分の村の人々だけでなく囚われていた全員を助けて……………私も相当な危険を冒して………その結果が、『殺せ』ですか?」

更にまた一歩、後ろに下がる。



私は、ここに居る奴等全員が嫌いである。


シェリー君がこの村から賊の元へ向かう時、誰も強く止めようとしなかった。

数年の月日を経たとは言え、華奢な女の子が、里帰りと同時に賊の元へ向かおうとするのをまともに止めなかった。

自分が負け犬根性なのは良い。この場合、勝てないと思う事においてのみ、当然の事だ。

ならば止めろ。

『勝てないから止めろ、無駄な事をするな。』そう言って這ってでも止めるべきだった。

無論、シェリー君は止められても考えを変えなかっただろうが、しかし、だからと言って私が居なければ死んでいたであろう場所に飛び込ませるとは…………。


そして、今の男の言葉だ。

シェリー君は命懸けで、限界まで闘い、走り、皆を逃がした。

シェリー君にとって予想外であったジヘンの村人も全員、リスクが増すと解りながらも逃がそうと決めた。

お陰で、今もシェリー君は眠っている。

あそこ迄奮闘し、村人の状況に怒り、悲しんだ少女に『殺せ』だと?





「そんなに殺人がしたければ自分でおやりになって下さい。」

たじろぐ男へと近づき、耳元でそう囁いた。



男の顔が真っ青に染まった。


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