かいてきなたび 30
「何だいそいつは?」
「バカは止めて下せぇ。」
荷台の二人が身構える。
「先程の馬車の準備の際、少し細工をさせて頂きました。この糸を引けば馬車は横転します。
少しでも動けば馬車を横転させます。
馬車を止めようとしても横転させます。
動かないで下さい。」
冷静に……とは言い難い。
シェリー君の糸を持つ指は震え、もう片方の手も固く握りしめて爪が掌に食い込んでいる。
「…………馬鹿な真似は止めな。」
「…………そうでさぁ。」
シェリー君の手元を凝視して、顔が強張る。持っている物に気付いた様だ。
馬車を準備した時に、シェリー君が細工をしていた。
あの細工を見ると、下手に動かせば馬車があっという間に横転する。
「止めません!
皆さんが止めない限り、私も退きません!」
意志は固い。
「悪事に手を染めて無事では済みません!
私に色々と指導して下さった方が言っていました。
悪事を働く輩、悪事の片棒を担がせる人間は相手を使い捨てにしか思っていません!
使って捨てて、替わりは幾らでも居ると思っています!
考え直して下さい!私は知っています。あなた達が悪い人ではない事を。それどころか徒歩で帰省する私を乗せてくれる優しい人だという事を。
あなた達は便利な道具なんかではありません!
だからどうか…………………………私はあなた達に死んで欲しくありません!」
『色々と指導して下さった方』
まぁ、当然ながら私の事だ。
三人組は運んでいる物を隠している辺り、明らかに危ないブツを運んでいる。
だが、彼らは中身をある程度知っている様だが、そのクセに杜撰な管理と隠し方をしていた。
隠す気ならそもそもシェリー君を乗せないし、幌を放置するような真似をしない。
どう考えても荷物の中身は自分の物では無い。
危ないブツを他人に運ばせる。それにはリスクがある。
運ばせた相手が裏切って商品が届かないリスクだ。
しかし、それでも裏の運び屋は存在する。それは何故か?
『運ぶ時の発見リスクを押し付け、時には始末して罪を擦り付ける便利な道具』
それが裏の運び屋の本質だからだ。
まぁ、要はこの三人は次の仕事をするどころか最悪この仕事の終わりと同時に依頼主に始末されて終わる可能性がある訳だ。
そう言った裏事情は教科書で教えてはくれない為、私からシェリー君に徹底的に教えてある。
ん?何故そんな事を知ってるか?だって?
反射的にそれを知っていて、シェリー君に教えるべきと思った。だから教えた。
ビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシ
『何故私はそれを知っていたか?』そう考えれば考える程頭が痛くなる。
要は、記憶喪失前の私がその手の事柄を熟知していた。という事だ。
まぁ、私は三人組がどうなろうと知った事では無いのだが………
「皆さんを決して死なせません。」
シェリー君が糸を引こうとする。
「させないよ!」
「危ねぇ!」
「ガゥ!ガゥガゥガァゥッ!」
シェリー君に二人が飛び掛かり、熊がそれを見て暴れ出し、馬車の荷台は上を下への大騒ぎ。樽は鞠でも跳ねるかのように飛び跳ね引っ繰り返り、熊は小さくとも暴れ廻り、大人二人と少女一人も取っ組み合う。
シェリー君には一通り対人の徒手空拳を教えてはいる。
が、
片手が糸で塞がった状態、しかも相手を害さない様に気を使っている状態、その上相手は二人(うち一人は大男)の状態。
この三つの悪条件下で勝てる様な練度には
取り押さえられるのは時間の問題だった。
「放して!放して下さい!」
赤毛女がシェリー君を組み伏せる。
荷台の床に体を完全に押し付けられて身動きが取れない状態だ。
「シェリーちゃん、ちょっと御免なせぇ。」
糸を固く握ったシェリー君の手を大男が力ずくで抉じ開ける。
と言っても、実際はおっかなびっくり。震えた手で糸を奪い取ろうとしていた。
「止めて下さい。放して!」
もがくシェリー君。しかし、赤毛女は抜け出すことを許さない。
大の男の腕力に負けてシェリー君の手から糸が奪い取られる。
「はぃ、これで御仕舞でさぁ。」
シェリー君が細工をした糸が馬車から放り出される。
「パニンニ!少し馬車を走らせて止めな。悪いけどシェリー、アンタとの旅もこれまでだ。」
「えぇ、その様ですね。」
明るい様な、暗い様な表情のシェリー君。
シェリー君にはもう手が無い。
ン?『何故手伝いをしないか?』だって?
しないさ、無論。
それはシェリー君の覚悟に泥を塗る訳だし、何より。
ガキンッ!
その必要も無い。
「なんだぁ⁉」
「何だい⁉」
「何でさぁ⁉」
「ガゥゥゥ⁉⁉⁉」
馬車が大きく飛び上がり、樽と人間が浮き上がり、地面が転がった。
『シェリー君にはもう手が無い。』それは何故か?
何故ならもう既に打てる手を全て打ったからだ。
『何故手伝いをしないか?』だって?
その必要が無いからだ。
ガッシャーーーーーーン!
馬車が横転した。
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