モリアーティー剣術と剣嬢

 「ゼェ……ゼェ………ゼェ……………………この………ゲホ、……ンが…………アァ……」


 目の前のナクッテ嬢は息が上がり過ぎて死にかけている。




 「22回目。」


 最早アンデッドでさえ切り刻まれて死んでいそうな状況で更に切り刻む。


 主要な血管、臓器、感覚器官は大概破壊した。


 月並みだが!


 真剣ならば猟奇殺人級の死に方をしていた。




 対するこちらは髪の毛一本さえ木剣に掠らせていない。


 単調で紙一重直前から避け始めても十分避けられる。


 回避の動きも最低限で済むし、カモだな。






 「教授!凄いです!こんな剣術見た事が有りません。


 まるで魔法の様です!」


 「シェリー君、残念ながらこれは『モリアーティー剣術』の氷山の一角に過ぎない。


 本気でやったなら、もっと凄い技が有る!」


 思わず褒められて顔が赤くなる。


 悪い気は……………する訳が無い!








 「アナタ………魔…法、使ったのではナクッテ⁉」


 目の前で息も絶え絶えだったナクッテ嬢がおかしなことを口走り始めた。


 魔法はこの場で使えない様になっている。


 有らぬ誤解。というか、因縁。言いがかり。


 そもそも、こんなのに魔法を使う意味だ。






 全く、負けた時にこうやって因縁つけるのは小物の証だというのに………貴族令嬢とはプライドを豚に食わせただけの連中なのかね?








 「そこまでですよ。ミス=ナーク。」


 私の後ろから声が飛んで来た。


 正面を向いたまま背後に木剣を…………




 カキン




 弾く。


 全く………何だというのだね?




 「ミス=シェリー


 先程までのあなたの剣術を見せて頂きました。


 素晴らしいものでしたよ。


 そして今の不意打ちを止めた事。


 称賛に値します。」




 また面倒な令嬢がやって来た。


 今度は何だ?豚の次は狐か?犬か?




 「私とお手合わせ願えますか?」


 後ろからやって来たのは剣を持った令嬢だった。






「シェリー君、アレは?」


「あの方は、ミス=エスパダ=ソド=エジール。


 高名な騎士の家の方です。」


 成程。


 少しはしゃぎ過ぎたか………………………………………………………………


 しかし、ここで拒否する訳にもいかないか……………仕方無い。




































 徹底的に潰すとしよう。






 「宜しくお願いします。」


 「こちらこそ。


では………行くよ!」


正面から斬りかかってきた。


しかし、今度はただの特攻ではなかった。


「フッ!!ハァッ!!セイッ!!」


流れる川のような連撃。


ナクッテ嬢の間抜けな素振りとは比べるべくもない。


「教授!」


頭の中でシェリー君が心配して叫ぶ。


しかし、心配には及ばない。


間抜けな素振りとは比べるべくもないが、この程度なら誤差だ。


最適な角度


最適なタイミング


最適な力




これら3つを満たしていたならば、




カン


カン


カン




大男の一太刀だろうが弾丸だろうが問題無く避けられる。




「次は 右から左に袈裟斬り。」


「ハッ!」


カン




「左から斬り上げ。」


「フッ!!」


カン




「冷静さを欠いて上段から振り下ろす。」


「ッ!!」


カーン!!






木剣が弾け飛んだ。


無論、剣嬢の、だが。








「教授!何で解ったのですか!?」 シェリー君が興奮気味に訊いてくる。


「『モリアーティー剣術』の基本は観察だ。


相手の剣ではなく、体の全てを見たまえ。」


人体は一つだけでは行動は出来ない。




腕だけ動く


足だけ動く


頭だけ動く




ということは基本的にあり得ない。


剣を振るならば大まかに肩、肘、手首、手、腰、膝、足が動く。 これらの体の部位の静止時との動きや放つ音、筋肉の収縮等の差異から相手の剣の動きを予測する。






直立状態で右足を上げて180°開脚している人間が更に左足も上げて360°開脚しながら立つ………というのはあり得ない。






君だってそれくらいは解るはずだ。


これは次の瞬間、当然のように起こることを当然のように知っているだけのことだ。






後は………視線だ。


狙わずに当てるなど私かモラン大佐くらいにしか………ビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシ




視線誘導を見破れれば、例え体が見えなくとも予測できる。










木剣で剣嬢の首の両側面を撫でるフリをする。


「2回。私の勝ちです。」




斬っていたら先ず助かるまい。 頸動脈を綺麗に刻んだからね。


「…………」


「あなた何て事を!!」


ナクッテ嬢が木剣を振り回す。


カンカンカンカンカンカンカン




パーン!




木剣が上空に思い切り吹き飛び、ナクッテ嬢がしゃがみこむ。


手首を少し壊した。


今日は痛みで眠れなくなるだろう。


そして、そこで終わりはしなかった。




ガン




「痛ッ!!」


木剣が降ってきた。


丁度切っ先から頭に。




イヤァ!!偶然とは恐ろしいな!!


「教授、わざとですよね。」


疑問文でないのは及第点だ。


「あぁ、観察と計算をすればこれくらいは簡単に出来るようになる。」


「………………無茶苦茶ですよ。」








ナクッテ嬢がキーキー言うなか、剣嬢が口を開いた。


「…………いや、素晴らしい。


貴族でも無いのにここまで出来るとは………」


「お誉めの言葉有り難うございます。」


思い切り侮って馬鹿にしてくれているがね。


『貴族でも無いのに』とは。




「ミス=シェリー。」


剣嬢がフッと思い付いたようにこんな提案をした。


「本気の実践剣術をしてくれないか?」


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