地獄への道は見えざる悪意によって舗装されている

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歩いてくる淑女から足音が全くしない。

私もやろうと思えば無音でここを歩くなど出来る。今回はシェリー君には悪いが、調査の為に音を鳴らしていたが、造作も無い事だ。

にしても、彼女のそれは素晴らしいものが一つあると言えよう。

シェリー君が言ったように、その歩き方には優雅な貴婦人のソレが内包されていた。

音も無く、なめらかに、体幹のブレは無く、背骨が直線定規で出来ているかのように、背筋は真っ直ぐであった。

如何にも意地の悪そうな……ブーメラン?何のことだね?

如何にも意地の悪そうな顔ではあるが、淑女と称するのには一理あった。


 「ミス=コション。

 あなたは何をしているのですか?」

 豚嬢の前に立つと上半身だけの彼女を見下ろして、手を貸すわけでも無く、淡々と訊ねた。

 「モリアーティー!あの女です!あの女が何もかも悪いんです!」

上半身だけでキーキー喚きながら頭上の夫人に喚き出した。

 パシンッ!

 空気が炸裂する。

 いつの間にかミス=フィアレディーの手の中に鞭が握られていた。

 先程までは無かった。

 おそらく魔法の一種だろう。

 握られたソレがおそらく空気を炸裂させたのだろう。

 中々の鞭捌き。

 華奢なその身体からは想像出来ない。

 しかも……………

 「…………………ッツゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼

 痛い。痛い!痛い痛い痛い!!!

 何故私を………………!

 悪いのはあのげみ……………」

 ピシッ

 先程と今、合計二回。

 豚嬢の小指の先をピンポイントで狙った。

 しかも、その上で外していない。

 「起きましたか?ミス=コション?

 何故、鞭を貰ったか解りますね?」

 冷酷な眼で上半身を睨みつける。

 「ミス=フィアレディー。

 私は本学園の者としてあるまじき行動でした。

 申し訳ございません。」

 「宜しい。

 で、何が有ってそのような事を?」

 「はい!この私にあちらのミス=モリアーティーが大変な侮辱をしたのです。

 それに対して一つ、忠告すべく、私はここに参りました。」

 「ミス=モリアーティー?

 貴女からは何か言う事は有りますか?」

 扉から出て様子を見ていた私に声を掛けた。

 相変わらず目つきが厳しい。

 全く、部屋を出る前に私が出ていて良かった。

 「ミス=フィアレディー。私は先程まで部屋で勉学に勤しんでおりました。

 ミス=コションのおっしゃる『侮辱』とは何のことだか私、見当も付きません。」

 少しフィアレディーに怯えた様に、それでいて淑女然と答えた。

 『基本その1:挙動不審はあらゆる完全犯罪を台無しにするから絶対にしてはならない。』

 しかし、

 『基本その2:疑われている状態では、困惑や怯えを抱いた様な、犯人ではない人間の自然な振る舞いをするべし。』


 矛盾が有る様に見えるが、少し違う。

 その1はあくまで何時でも冷静に。という意味。

 その2は冷静な上で『疑われた時に当然の行動のフリをする・・・・・』ことを求めている。

 人間は本来、身に覚えの無い疑いを掛けられたら動揺する。

 挙動不審≠動揺だ。

 この状態で寧ろ余裕綽々の表情を小娘が見せたら不自然。

 疑われる。

 『犯人ではない人間の自然な振る舞い』をする。ことに意義がある。

「ウソおっしゃい!あなたが私の部屋に水を撒いて」

 ピシッ!

 「………………!

 私の部屋の天井から水が漏れて来たのです。

 お陰で私の服とクッキーが穢れて台無しになってしまったのですよ。」

 鞭に泣きながら抗議する。

 しかし、残念ながらもう証拠は無い。

 「ミス=コション。

 貴女は何を言っているのですか?」

 睨みつけたままそう言うミス=フィアレディー。

 「ですから、私のドレスが………」

 「ミス=コション。その……………『汚れ』というのは、一体何処にあるのでしょうか?」

 首を傾げながら訊ねる。

 「この肩の所に!…………………………え?」

 彼女が指差す所には汚れやシミは一つも無く、綺麗なドレスがそこに有った。

 「虚言を私の前で吐くという事がどういう事が解っているのでしょうか?ミス=コション?」

 鞭で威嚇はしない。

 睨む目はそのまま。

 しかし、ミス=フィアレディーの圧力が何倍にも増していた。

 周囲で様子を窺っていた連中はもうほぼ退散していた。

 薄い扉の向こうで聴き耳を立てているのが幾人か居る程度だろう。

 「ミス=フィアレディー!信じて下さい!私は嘘など一言も言っておりません。

 その女の部屋を探せば証拠が…」

 ピシッ!

 「ミス=モリアーティーの部屋を見れば私の言う事が真実だと解って頂けます………」

 私を睨みながらの鞭打ち。

 中々の腕前だ。

 彼女ならば軍隊や警察程度の5人や10人。鞭一つで蹴散らせてしまうだろう。

 「何故?貴女の言葉を証明するためにそこまでやらねばならないのですか?

 既にあなたに対する信頼はもう既に地に堕ちているというのに。」

 上半身を睨みつける双眸。

 「ミス=フィアレディー…………何を?」

 「淑女に相応しくない歩き方。

 この学校の備品破壊。

 淑女に相応しくない言動。

 そして、それを恥じることなく他人を陥れようとするあなたの態度。更に…………」

 そう言って足元のクッキーを拾い上げた。

 今は丁度おやつ時。

 食べていただろうねぇ。彼女は。

 「クッキー。

 これは学園内の物ではありませんね。大方、部屋にあったものでしょう。

 部屋の中に食品を持ち込むことを禁止しているというのに。」

 ヘビに睨まれたカエルの様に豚嬢が震えあがる。

 「あなたの何処に信頼があるというのでしょうか?」

 豚嬢は彼女の視線に震えて項垂れつつもこちらを睨んでいた。

 『お前の所為だ。』とでも言いたげだな。

 まぁ、当たらずとも遠からずだ。

 まぁ、ここまでやったんだ。

 助け舟を出してやろう。

 「ミス=フィアレディー。宜しいでしょうか?」

 「何ですか?ミス=モリアーティー?」

 視線がクッキーからこちらに移る。

 「もし、宜しければ。私の部屋を検分して頂いても良いですか?

 ミス=コションの言う事が真実ならば、彼女の部屋の天井と私の部屋の床にぬれた跡が有る筈です?

 もし、私の方に不備やミスがあったので有れば、私が謝罪をせねばいけません。」

 それを聞いてミス=フィアレディーの足元で豚嬢がニヤリと笑った。

 『私が余計な事をして自分の首を絞めている。』とでも思ったのだろう。

 「宜しいのですか?ミス=モリアーティー。」

 双眸がこちらを突き刺す。

 問題無いに決まっている。

 「えぇ、公明正大に。

 ミスをしたのなら謝るべき。

 それが淑女というモノでしょう?」

 豚嬢が更に顔を歪めた。

 全く、笑えて来る。

 「……………いいでしょう。

 ミス=コション。ミス=モリアーティーに感謝なさい。

 では、今すぐに調べても良いかしら?」

 「えぇ、どうぞ。

 存分に調べて下さいませ。

 ミス=フィアレディー。」

 自然に、美しく、笑う。

 カチッ

 キー………

 鍵が開き、扉が開かれた。

 上半身だけの豚嬢を放っておいて私とミス=フィアレディーが部屋に入って行った。

 ガチャン

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