モリアーティー嬢とモリアーティー教授は運命を共にする


 「あなた…………ジェームズ=モリアーティーさんというのですか?」

 思わず私の口から飛び出た言葉にモリアーティー嬢が驚く。

 私も少しだけ困惑した。

 「ん……………そういえば……………私は…………そんな事を…ッ!」

 詳しく思い出そうとすると頭痛がする。

 禁則事項。と言ったところだろう。

 矢張りやめておこう。


 「取り敢えず…………この話はやめにしよう。

 それより、問題は………だ。」

 彼女を真っ直ぐに見る。

 「君は、如何する?私の講義を受けるかね?」

 半透明な手を彼女に差し出す。

 「もし………あなたの提案を受け入れ無ければ、どうなるのですか?」

 彼女は恐怖や猜疑心を隠そうともしない。

 「無論。そのままさ。

 君は明日も明後日も、この牢獄から出る日まで。否、もしかしたらここを出ても延々と、君は誰かに踏みつけられ、奪われ、蔑まれ、蔑ろにされ、泣かされ、利用され、最期まで今のまま。

 それだけだ。」

 勘違いしないで欲しい。

 私の今の言葉に脅しも誇張も嘘も有りはしない。

 この、学校という不自然極まる異常空間、異常環境で、彼女はこのままだと何も変わらない。

 閉鎖された空間は外の干渉を受けず、端から見れば非合理的かつ不条理の極みの如き独自のルールやシステムを作り出し、それを正義とし、腐敗し、毒を溜め込み、そこを異界へ変貌させる。


 学校なぞ、その極みだ。

 同年代の人間ばかりが集まり、皆の個性関係なく同じことをさせ、監督者は実力等関係無く、何も成したことの無い青二才で、本来は努力と苦悩と苦行の果てに称される『先生』の称号を呼ばれて当然と勘違いし、呼ばねば『悪』とされる。

 暴行や窃盗は頭を下げれば許され、謝罪は受け入れねば『悪』とされる。

 挙げ句に箝口令が敷かれ、犯罪者は『加害者の子ども達の将来の為』という『法棄的措置・・・・・』の題目によって守られる。


 正に犯罪者達の天国だ。

 私から言わせれば、それは地獄以上の何かでしか無いがね。


 そんな場所から吐き出される雛が鷹や鷲やハチドリやカワセミや孔雀や雀や鳩や不死鳥に化ける訳が無いだろう?

 精々、鳥のゾンビが這い出て来るのが関の山だ。

 考えてもみたまえ。

 そんなのが檻から出たくらいで博愛に目覚めて改心するかね?

 監獄学校を終えて彼女を解放するかね?逃げられるかね?

 まぁ、相手が変わらずとも、こちらが相手と完全に縁を切れば容易く逃げるのも可能だ。

 そんな逃走・逃亡例を聞いたことは幾らもある。

 逃げられるならばそれは最適解だ。

 ビシビシビシ

 ッ!!禁則事項か。

 しかし、ここのゾンビは腐っても貴族の血縁。

 最悪、異界の監獄から出でた者共は檻無き世界で権力を笠に更に彼女に牙を剥く。

 逃げられない。

 逃げられるならば生きて逃げる。

 それが好ましい。

 しかし、彼女は逃げられない。

 ならば最適解は変わる。

 ゾンビ共を根絶やしにすることだ。


 暴力無く

 証拠無く

 疑惑無く


 ゾンビの猛攻を掻い潜り、全てを悉く返り討ちにする事。

 このジェームズ=モリアーティーの最も得意とする事柄だ。

 ビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシビシ

ッ!!矢張り。

 この頭痛。どうも何かを思い出そうとすると痛む。

 思い出そうとする意志を邪魔するかの如く。

 そして、状況から察するに、記憶喪失前の私はトラブルマネジメントやコンサルタントでもやっていたようだ。

 読めてきた。

 「もし、あなたの力があれば………変わるのですか?今の、世界が。」

 疑いと恐怖そのままに、しかし、一歩近付く。

 「約束しよう。

 君の世界がそもそも幸福かは知らないが、降りかかる火の粉を払う位なら肉体や記憶が無くとも容易い問題だ。

 間違いなく変わるさ。世界がな。」

 私も一歩近付く。


 フ


 実体有る手と実体無き手が重なった。

「宜しくお願いします。モリアーティー教授。」

「こちらこそ。モリアーティー嬢。」




 二人のモリアーティーが異心半同体となった。

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