第58話 小話 就職戦線異状あり
「
就職活動で学生たちが谷底に突き落とされる思いをするのは、ダントツで企業にお断りされることだろう。
それと地味に心を削るのは何社エントリーしようとも、第一志望ではない会社にしれっと『御社が第一志望です。』と大人のお約束を言うことも、谷底と同じくらいのダメージを学生たちの心に重ねていく。
通常業務の仕事時間をやりくりしたり、いろいろ準備したりして迎える企業としては、あんまり乗り気でもない学生にはエントリーしてもらいたくないのもわかる。
でも、第一志望の一社しかエントリーしないという人はいない。
だって、落とされるかもしれないんだもの。
というか落とされる人がほとんどで、第一志望の企業に入れる人は、一握りのエリートだけ。
エントリーしているからには、(志望順位上位の会社にお断りされれば)入社する気はあるのだが、こんなに何社ものきちんとしたサラリーマンの方に「御社が第一志望です。」ってウソ(?)というか大人のお約束を言いまくっていていいのか。
もうちょっと訳が分からなくなってきた。
面接が進むたびに心が痛む。
「和くん、そんなの気にすることないわよ。全部第一志望でいいじゃない。順番が決められないくらい、全部に入りたいってことで。」
「そんな……そうか!そうだよね、百合。」
「そうよ、私、やりたいことはどこでも一緒だから、内定を一番早く出してくれたとこに決めちゃったよ。」
「えっ、もう?一体、百合が大学出たら働きたい事って、何の仕事なの?秘密にしてたけどそろそろ教えてよ。」
「私さ、実はイルカのトレーナーになりたいんだ。」
百合は秘密の話を打ち明ける、いたずらっ子のような目で教えてくれた。
「は?イルカのトレーナー?」
僕は間抜けな顔をしてオウム返しに聞く。
「何それ?イルカのトレーナーなら、別にうちの大学卒業しなくてもなれるんじゃないの?」
「そうだけど、知識と教養は邪魔にならないでしょ。私、親元から離れたかったから親が気持ちよく送り出してくれて、気持ちよく送金したくなる大学に入ったのよ。ちゃんと勉強して合格したんだから、いいじゃない。そんな目で見なくても。それと和くんのおかげで親の監視が緩んだから、その隙にN水族館の内定貰っちゃったんだ。でね、できたら和くんもその近くの企業に就職してくれると嬉しいなーなんて。その辺にエントリーしてる会社、ないの?」
「……あるよ、一社だけ。」
「そこにしてー。」
オレは第四志望だった企業を急遽第一志望に切り替え、
「本当に、本当に、御社が第一志望です!お願いです。絶対入社するので!」
なんの後ろめたい気持ちもなく、はりきって面接に臨み、無事内定を勝ち取り、内定承諾書を提出した。
あんなに悩んだ日々は一体何だったのだろう。
でも、若いうちのいろんな経験はそのうちきっと何かの役に立つだろう。
たぶん。
【【よかったわね、百合、和くん。】】
【和くん、会社に入る前に名字を変えると後が面倒じゃなくなるわよ。ブラックリリーはいつでも百合の味方よ。】
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