第57話 それぞれの困惑
「すみません、知り合いの名前が聞こえたんですけど、K校の金城君を知ってる人ですか?」
私は同じようにドーナツ屋さんを覗いていた、少しとっつきにくい感じの男子に
思い切って声を掛けた。
「あ、オレ、怪しいものじゃないよ。М校の近藤っていうんだ。友達の小森ってやつがコソコソ外出したから、面白半分に(嘘です。相当心配してました。)ついてきただけで。」
この人、卓球の地区予選で私が姑息な作戦に巻き込んだМ校のエース、近藤君!
ユニホームじゃないから気が付くのが遅れたわ。
「私、あそこに座ってる金城君の友達なんです。ちょっと見かけてつけてきたんですけど、よかったら一緒に店内に入って偵察しませんか?」
「いや、オレはそこまでは…。」
私は近藤君の返事も聞かずに彼を拉致して、二人連れを装った。
そして、二人が座っている席の隣にすべり込む。
会話が聞こえるように後ろ向きで並んで座る。
「連君はもっと自信をもっていいと思う。」
「でも、先生にも親にも近ちゃん――部長だけど、友達なんだ――にも、説教とか注意とかダメ出しとかばかりなんだ。」
「それは連君に期待しているんだよ。」
「わかってる。」
「だろ。出来ないやつにはうるさく言わないものだよ。」
「何でだろう、金城君に言われるとそんな気がしてきた。そうだよね。自信がわいてきた。そうだ、啓君の励まし動画、撮っていい?」
「嫌です。」
「えーそんなー。」
((い・い・か・げ・ん・に・し・ろ・や・ホ・ン・マ・ニ・―!、友香と近藤君、心の叫び))
私と近藤君は立ち上がって振り向く。あきらと連君の呆気にとられた顔。
「ちょっと、さっきから黙って聞いていればいい気になって!あきらは私の彼氏なのよ!私だって励ましの動画なんて持ってないのに!」
「連!お前他校のやつに、何励まされてんだよ。オレやチームメイトがいるだろ!」
連君は少しひるんだようだが、すぐに近藤君に反撃する。今まで言えなかったことを、あきらという味方がいるからこの際言ってやるといった感じで。
「近ちゃんと話したって、なにも嬉しくないよ!ボクは褒められると伸びる子なんだ!啓君の励ましは、近ちゃんのアドバイスの何倍も心に響くよ!ボク、スポーツ推薦取ってB大学で啓君と楽しく卓球するのが目標なんだ!」
近藤君は大ショックでBGMはトッカータとフーガのような顔をしている。
別の表現で言えば、谷底とコンクリートだ。
「言い過ぎじゃないか、連君。君が思ってるより、近藤君は連君のこと心配してるよ。だからここにいるんだろ?それに僕、大学では体育会の卓球部じゃなくて、サークルにするつもりなんだ。勉強メインで、バイトも友香との時間もいるからね。」
あきらが優しく言うと、二人は渋々納得したような顔になる。さすが私の彼氏。
その後、あきらは少し不機嫌な顔をして私を見る。
「何で友香は近藤君と一緒なんだよ。」
「ごめんなさい。ラインが素っ気なくて、デートキャンセルされたくらいで浮気してるかと疑って。近藤君とは店の前で鉢合わせて、私が連れ込んだの。地区大会の予選で見かけて、覚えてたから…。」
「そういうことか。ちゃんと説明しておけばよかった。こんなに面倒なことになるとは思ってなくて、悪かったよ。今日のデート、キャンセルしてごめん。」
連君が気まずい顔をしている。そうよ、反省してよ。
あきらは近藤君に提案する。
「近藤君は部長だしチームの方針もあるから、いきなり励ましだすのは難しいだろう。一つ提案なんだけど、うちの後輩たちと練習試合をしてくれないか。僕のように素直に励ましまくるようにしつけておくから。」
連君がパァァと嬉しそうな顔をする。
「それいいな!褒めてくれる人は多い方がいいよ。本当は金城君がいいけど。近ちゃん、K校との練習試合入れてよ!」
「うちと練習試合したいところはたくさんあるけど……何とか先生を説得するよ。今まで連が、褒めると伸びる子って気が付かなくて悪かった。ずっと一緒で当然だと思ってたけどオレ、ダブルスのパートナーは連以外は考えられないんだ。」
「ありがとう、近ちゃん。わかってくれて、そしてボクのこと心配してくれて。」
近藤君、連君をちゃんとつかまえといてよ。迷惑なんだけど。
私、あきらのことでは結構心が狭いわ。
改めて四人で一緒に座って、軽く自己紹介する。
「友香は僕の彼女なんだ、高校は違うけど。」
「友香です。近藤君、ごめんね。一緒に偵察してもらって。(地区予選の作戦のことは黙っておこう。)」
「いや、問題解決に導いてくれて有難いくらいだよ。」
「啓君、近ちゃんに褒めるコツを教えといてよ。」
連君、いつの間にか励ましから完全に褒めるになってるわね。
近藤君はちょっと眉をひそめる。
「金城君みたいに女子に人気があるやつなら、口が上手……いやごめん、スラスラ何でも言えるだろうな。」
「僕、女子に人気なんて無いよ。友香が初彼女だし、僕から付き合ってって頼んだんだけど二か月くらい言えなかったよ。」
「「マジで?!」」
二人は驚いた顔で私とあきらを見つめる。
何でそんなに驚くんだろう。私とあきらの馴れ初めは、正確には同時告白だったけど。(詳しくは『愛すべき姑息な人々1姑息なダイエット』をお読みください。)
そうか、あきら、私と同じくらいの時期に好きになってくれてたんだ。
えー照れるー。
「友香はほっとくと、部活の後輩や僕の従弟と仲良くなってて(同一人物だけど)、目が離せないんだ。」
「金城君だけじゃ足りないのか!」
「部活の後輩を可愛がって何がいけないのよ。」
「ほらね。」
なによ、男子たちのその、わかってないなーみたいな顔は。
「ちゃんと相手のことを気にかけて、言葉にして伝えないと。言わなくてもわかるっていうのは、僕はお勧めしないよ。」
どうなることかと思ったけど、上手くまとまって一安心の一日でした。
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