第52話 スパイ大作戦
「じゃあ勇一、これ着て。」
「何、この制服。どこの学校のやつ?」
「オレの姉ちゃんのやつだけど、スカートじゃなくてズボンだから大丈夫。多分サイズは合うと思うよ。うちの姉ちゃん、身長165センチあるから、勇一と同じくらいだろ。」
「なんで着なくちゃならないんだよ、そんなの。卓球のインターハイ地区予選でさ。」
「は?相手校のオーダー(卓球団体戦で出る選手名とその順番)をスパイするために決まってるだろ。大丈夫、地区が分かれてて、S校はこっちと違う地区予選になってるから。な、翔太。」
「そうそう。僕たちは地元で知り合いが多いんだよ。その点勇一は県外から引っ越してきて、面が割れてないだろ。先輩のためにやれよ。」
「そんな姑息なことして先輩たちに怒られないか?」
卓球の団体戦は、1S(シングルス)、2S、3D(ダブルス)、4S、5Sの五回戦のうち三つ勝った方が勝ちだ。オーダー用紙は試合前に提出しなくてはいけない。試合開始後に急にオーダーを変えるのは認められていない。
大抵は1か5にエースを持ってくることが多いが、まれに、五番手の選手をエースに当ててきたり、エースが苦手なタイプを避けていつもと違う場所に変わったり、学校によってオーダーにはクセがある。
実力が同じくらいのチームが戦う時、オーダーがものを言うことが多々ある。
考え出すときりがない世界だ。
「あきら、シオリと偵察してきたけど、A校はいつもと同じオーダーらしいわよ。」
「ありがとう、友香。おい、松永、お前のデータだとどうだ?」
「シオリさん、巻き込んでごめん。」
「いいのよ、荒木君、だっけ。私、県の予選に備えて女子の偵察に来たかったから、そっちは友香に手伝ってもらうことになってるの。」
「啓、М校のオーダー、聞いてきたわよ。」
「母さん、何してるんだよ!」
「友香さんが対戦校のオーダー
М校のやつがバカなのではない。あそこはインターハイ常連校で、どんなオーダーでもどこも勝てない。優勝は決まっている。だから何も警戒していないのだ。
「М校と当たったら、記念にエースの近藤とやりたい!」
「ちょっと待て、やはりここは部長のオレが。」
「ずるいぞ、誰だって近藤とやりたいんだから、じゃんけんだ!」
「親や彼女がスパイしてるっていうのに、先輩たちが反対すると思うか?」
オレは覚悟を決めて、トイレで優斗姉の制服(あの様子だと、制服の貸し出しに同意しているのは確実)に着替え、二回戦で当たるT高校の応援席ににじり寄った。「エースは2Sにして、1Sは五番手で行こう。」ナイスな情報ゲットだ。
「T高校はエースは2Sみたいです。1Sは五番手がきそうです。」
「勇一、お前そこまでして…。」
全員、オレの制服姿に呆れているのか…?
「よくやったぞ。よし、来年はもっと大々的にスパイを放とう。卓球初心者で顔が知られていない一年生で、スパイチームを編成しよう。」
「いっそ、保護者に頼むのはどうだ。」
二年の先輩たちは盛り上がっている。
「別にルールに反したことはしていない。たまたま家族や後輩が、相手校の近くにいたら、オーダーが聞こえてきただけの話だよ。」
翔太も平然として言っている。
それより卓球の腕を上げろって?それは前日までにすることだ。
翔太や優斗の言う通り、現代は情報を持つものが勝利するのだから。
翔太と優斗はシングルスのレギュラー入りは無理と判断して、ダブルスの練習を重点的にやっていたが、学年トップ5の頭脳を持つ松永先輩と左利きの利点を生かした林先輩の協調性と相性の良さに定評のあるペアには敵わなかった。そしてエースの荒木先輩と、金城先輩、大橋先輩、二年の前田先輩、このベストメンバーで試合に臨んだ。
結果は、スパイの情報と実力で順当に勝ち上がり、準決勝でМ校にはコテンパンにやられた。
じゃんけんに勝ち、来年の糧にするためにエースの近藤君に立ち向かい、見事に公開処刑された前田先輩は、オレだったら二、三日は立ち直れないほどのやられ方(谷底からコンクリート、そして君臨されるフルコース)だった。
しかし、前田先輩はあっという間に谷底から這い上がって、早くも明日から自主練を始めるようで、二年生に声を掛けていた。
三年の先輩たちは受験のためここで引退になる。
短い間だったけど、たくさんのことを教えてもらった。
ありがとうございました、先輩達。
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