第51話 レース編み教室
「そこを、そうくぐらせて、上手いわよ勇一君、その調子。」
日曜日の午前中、ここは金城家のリビング。
オレ、佐々木勇一と部活仲間の翔太と優斗は三人でレース針とレース糸と格闘している。どうしてこんなことになったのか。
オレは意地を張って、金城先輩のハンカチを断ったものの、やっぱり欲しくなって自分で作ることにした。
優斗が姉に作り方を教えてくれるように手配したと思っていたら、なんと、金城先輩の母がレース編み教室を開いてくれたのだ。
「優斗の姉さんと金城先輩の母さんってどういう関係なんだよ。」
「オレの姉ちゃんと金城先輩の母ってより、姉ちゃんが先輩の彼女なんだよ。だから顔見知りなんだよ。」
「何だって!!」
確かに優斗姉はいい人みたいだし、好みが普通の美人好きではないマニアックな人なら好きになるだろう。しかし、端正な知的メガネの先輩とは失礼だが釣り合わない。
「おばさま、朝早くからすみません。」
「いいのよ、啓も熱心にやってるわよ。今、手芸がはやってるのかしら。」
「テレビで『I am(編む)あみもの boy.』やってますよね。イケメンあみもの王子たちが編み針攻撃で華麗に悪をやっつけ、レディーを素敵にドレスアップするやつ。」
実はオレ、あみもの王子を最近毎週見てるんだ。けっこう面白くて、お決まりのセリフや変身や最後のお約束なハッピーエンドがツボにはまってる。
世間では、編み物は女子のものと決めつけているようだが、機械的に長編み、一目飛ばしてすくい編み、
「オレ、金城先輩みたいに、みんなからハンカチを欲しがられるような人間になりたいんです。」
「勇一、わかるよ。オレも金城先輩に憧れてカットマンになったんだ。」
「えっ優斗、そうなんだ。」
「ちょっと待てよ、僕は中学からの後輩だから、一番後輩歴が長いんだぞ。」
「翔太はたまたま近所に住んでて、中学が同じだっただけだろ、オレだって住んでるところが西中の校区だったら。」
「あっおばさま、泣かないで。どうしたんですか。」
「啓ったら、こんなに後輩に慕われて……一人っ子だからみんなと上手くやっていってるか、心配だったのよ。」
◇◇◇◇
日曜日の午前中、前夜遅くまで勉強していた僕はちょっとゆっくりめに起きて、朝ご飯を……とリビングに顔を出すと、そこにはレース編みに夢中になっている後輩が三人と、泣いている母親とそれをなぐさめている彼女……。
一体どうしてこうなったんだ。
僕は静かに後退して部屋に戻り、だらしのない寝間着姿から普段着に着替え、顔を洗ってからもう一度リビングに行く。
「あきらおはよう、今、朝ご飯の用意するね。」
「「「おはようございます、先輩。お邪魔しています。」」」
「友香、あいつら何やってんの。」
「レース編み覚えて、あきらの後を継ぐんだって。」
目玉焼きを作りながら友香が説明してくれる。
ダイニングテーブルにエプロンをした彼女が、朝ご飯を用意してくれる光景がうれしい。とりあえず幸せだ。
「母さんは何で泣いてるの?」
「あきらの人気に感激してるの。」
「翔太君と勇一君は啓より素質あるわよ。もう少し難しい編み方を教えるわね。」
「「はい、お願いします!」」
そんなん上達してどうするんだ、と思いつつ、少し悔しい。
友香が朝ご飯の世話をしてくれるのはうれしいけど。
友香の目玉焼きはとってもきれいに半熟にできていた。
「超弱火でほっとくとうまくできるよ。ちょっと時間かかるかもしれないけど、私はいつもこのやり方だから。そうそう、勇一君にもハンカチあげなよ。あきらのお手本としてさ。(優斗にいきさつを聞いてるから。)」
「いらないって言われたんだけど。」
「すみません、元祖のハンカチはやはり手元に頂きたいです。(優斗姉、ナイスです、さっきは失礼な事考えてごめんなさい、とってもお似合いですよ。)」
「じゃあ、一昨日完成したばかりの、これあげるよ。」
「ありがとうございます、宝物にします!」
「よかったね、勇一。(今回のことは貸だぞ。)」
「ホントにね。(なんかおごってもらわなくちゃな。)」
「ちょっと、おばさまがまた泣き出したわよ。いい加減にしなさいよ。」
こうしてレースのハンカチ騒ぎは収束した。と、思った。
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