真夜中の古事記 121話から130話

【登場人物】


氷川航(ひかわわたる)

45歳。最近、ホテルの夜間フロントのアルバイトを始めた。新人なのにおじさん。家族はフルタイムで働く妻と小学1年生の娘がいる。


浅間陽(あさまひなた)

33歳。大学生の頃からホテルのフロントで働いている。趣味はスポーツ観戦。特に欧州サッカー好き。給与は手取りで18万円程度。同棲中の聖と結婚したいが低収入で決断に至らない。


橘聖(たちばなひじり)

29歳。陽の恋人で2人は同棲している。陽の同僚で日勤専属で働いている。


我孫子南(あびこみなみ)

関西を中心に古事記を広める活動をおこなっている。


朴(ぱく)さん

韓国人女性。自称・韓国語を話す関西人。大阪をこよなく愛している。航と勤務時間が重なることが多く、新人の航に業務を教えることも多い。


石松さん

69歳。ダブルワークをしており、月に4回くらいしか勤務していない。ビートルズが好きで、見た目によらず英語堪能。


掛川さん

社会人3年目の若手フロントマン。電車が好き。

後輩の河村ちゃんに恋心を抱いている。


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「へー、これは確かに美しいですね」


パソコンに映し出された映像を見て航は言った。


「今、ミクロネシアに行く日本人は年間1000人くらいじゃないでしょうか?


戦前、ミクロネシアは日本が統治していた時期があったんです。30年間くらいかな?」


「え?そうなんですか?」


「行けばわかりますが、親日家の多い国ですよ。日本からの移民も多かったんです。現地には日本語かと思うような言葉もたくさんあります」


「へー。例えばどんな言葉ですか?」


「甘いをウマイって言ったりしますね。


ガッコーとかセンセイとか。デンワ、デンキ…コウシャホウとかね」


「コウシャホウ?高射砲ですね?」


「そうです。他にもデンシンバシラ、ヨーイドン…


アジノモトにチチバンドとかね」


そう言って石松さんは笑った。航もつられて笑った。


さらに石松さんは続けた。


「多くの人がわかっていませんけど、いや知ろうともしないけど、日本の統治と西洋の統治は全くやり方が異なります。


西欧の植民地政策は搾取を目的としています。人を人として扱わず、奪うだけ奪う考え方です。


それに対し、日本のやり方は、経営統治です。インフラを整え、教育を推進し、産業を根付かせます。だから日本が統治した国は国力が高まり豊かになるのです」


航は頷いて聞いていた。


「ミクロネシアが最も裕福だったのは、日本が統治していた頃なんです。日本ってそういう国だったんです。


けれど…


多くの人が日本は侵略戦争をしたと思ってるでしょう?そんなわけないじゃないですか?


戦後、国のために働いた兵隊さんはあっという間に悪者にされてしまった。


国のために懸命に働いてくれたのにです。なんともやりきれない思いがします。


日本という国は、もう…滅亡してしまったのかもしれません。


私はそんな風に思うんです」


そう語る石松さんの横顔は寂しそうだった。


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1時20分


ロビーから騒々しい笑い声が聞こえてきた。航はフロントへ出た。少し遅れて石松さんが航の後を追った。団体の宿泊客が帰ってきたところだった。出張のサラリーマンだろうか。人数は10名ほどだった。


「えーと、1005」


「お名前をいただけますか?」


「小林です」


航はキーボードを打ち、部屋の番号と宿泊者を照合した。


「小林様、お帰りなさいませ。ごゆっくりどうぞ。次の方こちらへどうぞ」


航は部屋の鍵を渡した。


「えーと、部屋の番号なんだっけ、オレ?」


男性はベロベロに酔っていた。


「お客様、お名前いただけますか?」


「うー、佐藤でーすっ」


「ありがとうございます。こちらの鍵でございます」


航と石松さんは飲んで帰ってきた宿泊客を二手に分かれさばいていった。


「明日、何時にします」


「8時にロビー集合な」


「了解しましたっ」


「おまえ、寝坊するなよ」


「大丈夫でありますっ!!」


チンッ


エレベーターが到着すると騒がしい宿泊客は、その中へ姿を消していった。


そのすぐ後、少し派手な格好をした1人の若い女性がホテルに入ってきた。


女性は航と石松さんを一瞥するとすぐ目をそらし、エレベーターの呼び出しボタンを押した。


女性がエレベーターに姿を消すと石松さんが言った。


「あれ、ホテトル嬢ですよ。鞄を2つ持ってたでしょ?」


「ホテトル嬢は鞄を2つ持ってるんですか?」


「そうです」


「鞄の中には何が入ってるんですか?」


「さあ?私にもわかりません」


ロビーに誰もいなくなると、石松さんと航はフロントバックに戻った。


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「朴さん、戻りませんね。


電話してみましょう」


石松さんはそう言うと受話器をとった。その時だった。


「すみませーん」


朴さんが仮眠から戻ってきた。20分ほど時間をオーバーしていた。


「氷川さん、すみません。休んでください」


「いえ、いえ。では石松さん、お先に休ませていただきますね」


「どうぞどうぞ。ひとまずお疲れ様でした」


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航は顔を洗い歯を磨くと、スマホのアラームをセットしてすぐにベットに潜り込んだ。


短い時間だが休むことも仕事のうちだ。航は眠ることに集中しようとした。

スマホのアラームが鳴り、航はパッと目を覚ました。短時間の仮眠だが、頭はスッキリしていた。すぐに準備を整えフロントバックに戻った。


ガチャ


フロントバックに石松さんの姿はなく、朴さんが1人で椅子に座っていた。


朴さんは腕を組み、首をもたげ目を閉じていた。静かな寝息が聞こえる。航は音を出さないように注意した。


ピンポーン


フロントでチャイムが鳴った。朴さんはパッと目を開け首を上げたが、それより早く航が席を立ちフロントへ向かった。


「ありがとうございました。いってらっしゃいませ」


まだ外は暗かった。チェックアウトした客を送り出すと、航はフロントバックに戻った。


「氷川さん、すみません」


「いえ、朴さん、おつかれですね」


「はい、昼間は就活してて寝不足なんです。


実は、もう会社には辞めること伝えてあります」


「あ、前に浅間さんとそんなお話してましたね?」


「あ、ご存知でしたか」


「どうですか?就活は?」


「がんばってます。とにかく、がんばってます。


私、韓国人ですから。仕事を辞めてから新しい仕事を見つけるってわけにはいかないんです。空白期間を作るわけにいかなくて…」


「なるほど。日本人ならとりあえずバイトで繋ぐとか…そういうことも出来ますもんね。


あ、僕もバイトですけど」


「そうなんです。でもまあ…私、韓国人ですからね。それはしかたないです。ここは日本ですから。


私、この職場は好きなんです。人間関係もいいし、みんなのこと好きですよ。


でもね、このままここにいてはいけないと思ってます。私には向上心がありますから。お金も欲しいですし。


ここで甘んじていたら、将来きっと後悔すると思うんです」


航は頷いた。


「確かに…僕は自分の人生を振り返った時、楽な選択をした時ほどつまらなかったように思います。もったいないことをした…そう思います。


朴さん、がんばってください」


「氷川さん、ありがとうございます。


ということで…


もう少し寝てていいですか?」


朴さんはそう言って笑った。航も笑った。


「いいですよ」


朴さんは腕を組み目を閉じると、また静かに眠りはじめた。


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6時00分


航はゴミをまとめ、通用口から外へ出た。すでに雨は上がっていた。雨に濡れた集積ボックスの蓋を開け、ゴミを放り込む。


航はホテルの正面玄関に移動した。傘立てに濡れた傘が何本も刺されている。傘を集めると、再び通用口から外に出て、傘を広げ並べていった。


フロントバックに戻ると、石松さんが起きてきていた。


「おはようございます」


石松さんに挨拶をしながらCDプレイヤーの再生ボタンを押す。少し間を置いて、ロビーにBGMが流れ出した。


雨上がりの朝にぴったりと思えるインストゥルメンタルだったが、航はBGMを止めた。そして、例のビートルズのカバー曲が収録されたCDに交換した。


ロビーに「Blackbird」が流れ出した。航はフロントに出て音の大きさを確認した。


「おっ、いいですねー。ビートルズ」


石松さんがフロントに出てきた。


「音をもう少し大きくしましょう」


石松さんはフロントバックに戻り、音量を上げた。


「うん、このくらいじゃなきゃいけません」


ロビーにはかなり大きめなBlackbirdが流れた。石松さんは鼻歌交じりでご機嫌だった。


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7時45分


航は石松さんと2人でフロントに立っていた。時折、チェックアウトの対応をする程度でロビーはのんびりとした空気が流れていた。


「おはようございます」

「おはようございます」


2人の女性が出勤してきた。1人は掛川君が恋心を抱く河村ちゃん。もう一人は聖だった。聖は航を見つけると


「あっ」


と声を出した。そして続けた。


「氷川さん、ちょっといいですか」


聖は航に向かって手招きをした。


航は石松さんの顔を見た。


「空いてるから大丈夫ですよ」


「じゃ、ちょっと外しますね」


航は聖に続いてフロントバックに入った。


「ひーちゃん、おっはよー


今日もかわいいねー」


そう言ったのは朴さんだった。朴さんは椅子に座ったまま大きく伸びをした。


「パクちゃん、おはよー


…って、何1人だけサボってんのよ!」


朴さんは頭をかいて言った。


「いやー、今日は空いてるしフロントに3人も立ってたら暑苦しいでしょ。私、170以上あるから、実質男3人みたいになるよ。


それに、今日は五十嵐さん休みだから大丈夫よ」


「はい、じゃー、氷川さんと交代です。


パク選手、インッ!!」


「なになに?氷川さんと秘密の話?


気になるなー」


「ほらほら、石松さんを1人にしないで」


「はいはい、わかりましたよー。


あと10分ちょい、がんばるかーっ」


朴さんはそういうと元気よくフロントに出て行った。


「河村ちゃん、パクちゃんみたいになっちゃダメよ」


聖は笑いながら河村ちゃんに言った。河村ちゃんは苦笑いをしていた。


聖は航の方に体を向けた。


「氷川さん、昨日は浅間がお世話になりました」


そういうと深々と頭を下げた。


「橘さん、それ、なんかすでに…


浅間さんの妻っぽいです。


いや、お母さんっぽいかも」


河村ちゃんがそう言って笑った。


「え?そんなつもりじゃ…


なんか照れる」


聖は恥ずかしそうに言った。


航が言った。


「いえいえ。こちらこそ楽しかったです。


それに、お二人が古事記に興味を持ってもらえて嬉しいです」


「そうなんです。氷川さんにメッセージ送るように急かしたの私なんです。


この間、龍橋神社に行った時にお巫女さんや楽しい兄妹に古事記の話を聞いて…一気に興味を持つようになりました。


それに…」


聖は声のトーンを落として言った。


「氷川さん、古事記の先生なんですよね?」


航はあたりに目をやってから小さく2回頷いた。それを見て聖は察した。


河村ちゃんが口を挟んできた。


「え?先生って誰がですか?」


「か、河村ちゃん!違うの!!


センセーションの話をしていたのよ。


センセーショナルなセンセーション」


「なにそれ?ダサいラッパーみたい」


「ぬっ!?生意気なっ!!


くらえ、先制攻撃!!」


聖はそう言うと河村ちゃんの両頬を指でつまんで引っ張った。


「ひずぃりしゃん、やめてくらしゃい」


聖は指を離した。


「河村ちゃん、お肌すべすべねー、羨ましいわ」


「ひーちゃーーーん、もう8時過ぎたんですけどー?」


朴さんがフロントから顔を出して言った。


「あらー、パクちゃん、ごめんなさーい。


ねーねー、見てー。河村ちゃんのこのお肌」


「どれどれ?」


朴さんは河村ちゃんに近づくと両頬を引っ張った。


「やめてくらさーい」


「ちっ!たしかにみずみずしいわね。


ひーちゃん、私たち…


いつのまにかお肌の曲がり角を曲がっていたようね」


「うんうん、時の流れは残酷よね」


聖は腕を組んで頷いた。航が笑った。


「朴さん、お肌の曲がり角って…


よくそんな日本語知ってますね」


「私の日本語の先生、おじいちゃんでしたからねー。


さっ、氷川さん、帰りましょう。


石松さんも、帰りましょう!!」


石松さんと航は更衣室で並んで着替えていた。


石松さんはジャケットを脱ぎネクタイを外した。制服のパンツを履き替えるとワイシャツ姿のまま更衣室を出て行った。


「氷川さん、お先に失礼します」


航は答えた。


「はい、お疲れ様でした。またよろしくお願いします」


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8時50分


帰宅した航はアップルパイを食べ終えると、スマホをチェックした。


1通のメールが届いていた。


「ん?」


宛先不明のメールだった。タイトルは「はじめまして。質問です」となっていた。


不審に思った航は、メールを開かなかった。


(迷惑メールの類いだろう)


航は日頃から怪しいメールは開かないよう心がけていた。スマホを置き浴室に向かう。


シャワーを浴び歯を磨くと、目は覚めたがどっと疲れが出た。昨日、無理をしすぎたかもしれない。


航はベッドに向かい、そのまま倒れ込んだ。

体は疲れていたが妙に頭は冴えていた。



「気になるな」


航は身体を起こすとスマホを操作し、さっきのメールを呼び出した。


(開くだけなら大丈夫だろう)


航は怪しげなメールを開いてみた。


=========================

タイトル:はじめまして。質問です

=========================

氷川様


はじめまして。

突然のメール、失礼いたします。

私は岡山と鳥取の県境の西粟倉村というところで茅葺の家を保存するべく活動しております宮瀬と申します。


先生のブログを拝見し、古事記の講座に大変興味を持ちご連絡差し上げました。


私も含め、古事記について触れたことのない人が大変多いと思います。そこで、古事記に触れるきっかけを作れないものかと考えております。


先生はどのあたりまで出張されていますか?


また、その場合の講師料や出張費などお教えいただけないでしょうか?


よろしくお願いいたします。


宮瀬清子


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12時10分


少し早めの昼食を済ますと、陽は例の古本屋に向かった。


「宗教・神話」のコーナーに足を運び、棚を眺めていた。


「うーん、ないなぁ…」


目当ての「古事記まんが」は見つからなかった。ネットでも調べたが中古での取り扱いはないようだった。


「人気ある本なのかなー。


でも、新品で買うのはもったいないし…」


陽はスマホで聖にメッセージを送った。


「えっと…


聖、古本屋さんで「古事記まんが」は見つからなかったよ(;ω;)


っと」


陽は店内をウロウロした。そして、マンガコーナーに行くと、サッカー漫画の続きを読みだした。


マンガを読み進めると…


サッカー留学を決めた主人公が、幼馴染の女の子に告白するシーンがあった。


「おいおい、アオハルかよ…」


その時、陽の脳裏に航の言葉が蘇ってきた。


「氷川さん、言ってたよなー。


やらなきゃいけないのは、聖と話すことだって…」


陽は気が重くなってきてページを閉じた。


「結婚となると、聖の親に挨拶してオーケーもらわなきゃだよなぁ…」


陽はまだ、聖の両親に会ったことがなかった。


年末年始などに聖に実家に遊びに行かないかと誘われたことはあった。しかし、陽はなにかと理由をつけ、それを断っていた。


人間関係は円滑に進める方だと思うけれど、やっぱり人見知りなのだろう。


聖は残念そうではあったけれど、強要することはしなかった。しかし、付き合って3年にもなって、一度も顔を出していないのは流石にまずい気がした。


陽は先延ばしにしてきたことを今になって後悔していた。


「こんなことならさっさと挨拶に行けばよかったな…」

「よし!今夜、聖に話そう。


きっと


たぶん…」


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18時25分


「聖、帰り遅いな…」


陽はだんだん不安になってきた。普段、聖は寄り道などせずにまっすぐ帰ってくることがほとんどだった。


ガチャ


「ただいまー


ふぅ、遅くなっちゃったね、すぐご飯作るから」


「お、おかえり…」


聖を目の前にして、陽は不安を感じていた自分が少し恥ずかしかった。


「はい、これ」


聖はバッグを開けると一冊の本を陽に渡した。包装紙でカバーが掛けられており題名はわからなかったが、陽はすぐに察した。


「もしかして…」


陽はすぐにページをめくった。陽の思った通り「古事記まんが」だった。


「買ってきたの?」


陽が聞くと聖はキッチンに立って手を動かしながら言った。


「うん、帰りに駅ビルの本屋さんでね。


陽が古本屋さんになかったって連絡くれたから


本屋さんに寄ってたら帰るの遅くなっちゃったの、ごめんね」


聖は続けた。


「どうしても読みたかったし、気になったし。


それに…


氷川さんにわざわざ聞いてまで教えてもらったからね。


もしかしたら陽は新品で買うなんてもったいないと思ってるかもしれないけど…」」


陽はギクリとした。


「そ、そんなこと思ってないよ」


そして少し間をおいて言った。


「これ、オレが先に見ちゃっていいの?」


「もちろん。当たり前じゃないの。


ま、すぐご飯できるけどねー」


陽はページを開いた。


「へー、イラストだらけでわかりやすそうだねー。


ま、タイトルが「古事記まんが」だもんな」


「そうなのそうなの。私も帰りの電車で少し読んだけど、読みやすそうよね」


陽は「古事記まんが」を読み始めた。

「はいはーい、ご飯ですよー


読書は中止してくださーい」


聖が夕食を運んできた。陽は本を閉じソファの上に置いた。


「いただきまーす」

「いただきまーす」


食事を始めるとすぐ聖が尋ねてきた。


「どう?その本?」


「うん、前のよりずっと読みやすそうではある。


イラストかわいいし。きっと作者の方もオシャレな感じの人なんだろうなー。


ノブナガさんとは真逆のような人だと思う」


「わー、ノブナガさん。また会いたいね。


かなぶん、元気かなー」


「あの二人は地球最後の日でも元気なんじゃない、きっと」


それを聞いた聖は笑った。陽は続けた。


「それと、神様って1人2人じゃなくて一柱二柱って数えるんだな。そういうの面白い」


「それ、龍橋神社のお巫女さんが言ってたよ」


「そうだっけ?よく覚えてるな、聖は。


でも…」


「でも?」


「どうやら冒頭に「この世のはじまり」が描かれているってことはわかったけど、何が書いてあるのかさっぱりわからない。


あと神様の名前がなぁ…。平気で10文字超えてくるもん。覚えられないから全然読み進められない。先が思いやられる」


「うんうん、わかる。


私もそう思ったよ」


「アポロンとかゼウスとか、そっちの方がまだ馴染みあるし、名前も覚えやすいよなぁ」


「確かにねー。


アキレス腱のアキレスとか覚えやすいもんねー」


陽は話題を変えようとした。


「聖、ところでさ…」


「あっ、うん、なほほんのことでしょ?


今日だよね、あびこなんさんのお話会」


「あっ、そ、そうだね。赤ちゃん連れてて大丈夫だったのかなー」


「大丈夫でしょ。


色々言われるけど…みんな優しいよ、ほとんどの人はね。


赤ちゃんにイラつくとか…


そんな人間の出来ていない人、ほんの僅かだと思うのよ、わたしは」


それを聞いた陽は航との会話を思い出していた。そして言った。


「聖はこの世を信頼してるんだな」


「うん、信頼してるよ。


さ、ヨウ、ご飯食べちゃおう」


(結局、結婚の話できなかったな…)


陽は少し残念に思いつつ、ホッとしていた。


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20時30.分


「ふうー、お風呂気持ち良かったー


ん?ヨウ、何してんの?」


聖が陽に話しかけた。陽は真剣な表情でスマホと向き合っていた。


「うん、氷川さんにメッセージ送ろうと思って」


「え?氷川さんに?


なんて?」


「神様の名前が長すぎて、冒頭から古事記につまずいてます…ってね」


「おお、随分積極的じゃないのー」


「聖が本を買ってきてくれたって書いとくね」


「ふふふ、ひーちゃん、ポイントアップ。


ん?今日も氷川さん夜勤だっけ?」


「うん、そうだよ。今日はヨネさんと掛川君かな?」


「23時から8時までって大変よねー、それをほぼ毎日でしょ。普通と真逆の生活だもの。


ん?もしかして、氷川さん、今頃夜勤に備えて寝てるかもよ?」


「うん、だから10時過ぎくらいに送るつもり。


あ、掛川君と言えばさ、最近ちょっと変わってきたと思わない?」


「あー、そうねー。


もともと素直で良い子なのにね。


最近、特にヨネさんなんかにちょっとあたりがキツイかもねー」


「ヨネさん、かわいそうだよなー。あの歳で無茶な異動させられて。58歳だよ。


掛川君もそのあたり、察してあげて欲しいよなー」


「掛川君、3年目?4年目かな?


掛川君のご両親、50歳くらいよね?


想像力、使ってほしいなー


それに…」


「それに?」


「そういう男はモテないよね。


結果的に掛川君が損するわけだから。


河村ちゃんもよく思わないでしょ」


聖はそう言っていたずらっぽく笑った。


「なんだー、聖も気づいてたのか」


「そりゃ気づくよ。掛川君、わかりやすいもん。


河村ちゃん、ああ見えて結婚願望強いんだけどねー。流石にまだ若すぎるし、なんとなく言ってるだけだと思うけど」


「河村ちゃん、20歳だっけか?」


「うん。若いよね、かわいいよね。


流石に私も河村ちゃんに先越されたくはないなー」


聖はそう言って笑った。


聖が結婚の話に触れたので陽はドキッとした。そして覚悟を決めた。


「あのさぁ…聖ぃ…」


その時だった。


「あーーー!!」


聖は大声を出した。


「どした?」


「なほほんからメッセージ来てないかな?


もう古事記のお話会、終わってるでしょ?」


聖はスマホを確認した。


「おおぅ」


聖は変な声を出した。そして、ニヤニヤしながら画面を眺めていた。


「なんだよ、そのニヤニヤは。


俺にも見せて」


陽は身を乗り出して画面を見て覗き込んだ。


「おお!我孫子南さんとのツーショット!!


あ、赤ちゃん抱っこしてるからスリーショットか。


奈帆ちゃん、やるなー」


「さすが我が大親友!


真実はいつも一つ!!」


そこには赤ちゃんを抱っこするなほほんと蝶ネクタイをつけたスーツ姿のファシリテーター我孫子南さんの姿が映っていた。


「はいっ!ヨウ、離れて離れて。


今からなほほんのメッセージを読みます」


聖はメッセージを読みだした。


「『親愛なる聖。


かわいすぎる、聖。


いつまでもピチピチの聖。


永遠の18歳、聖。


日本の宝、聖、お元気ですか?


そしてさらに…』」


「…聖、それ盛ってるだろ?」


「あ、バレましたか。よくわかりましたね。


では続けます。


『我孫子南さんのお話会に参加してきたよ。本当に本当に素晴らしい会でした。


古事記ってなんとなく難しく、そして古臭く、おじいさんが興味を持つようなものかと思っていました。


こなんさん(←我孫子南さんのニックネーム)のお話は面白すぎて素晴らしすぎて、笑って泣いてのあっという間の2時間でした。


聖もこなんさんの会に参加するかもしれないから(いや、絶対参加すべき)詳しいことは今日は書きません。というか、今はまだ書けないというのが正直なところかな。


あのね、わたし…日本人であること、日本に生まれたことがこんなに素晴らしいことだったなんて今まで全然知らなかったよ。


こんなにも恩恵を受けていたなんて。


こなんさんのお話は、全ての日本人が聞くべきだと思ったよ。私、スピリチュアルも好きだけど、学んで知ることの大切さを痛感しました。


古事記ってすごいよ。なんでこんなに素晴らしいことを学校で教えないんだろう?わたし、もっと早く教えてもらいたかったな。


聖、このタイミングで素晴らしいご縁を繋いでくれてありがとう。


私、日本の素晴らしさを伝えられるお母さんになりたいと思います。


また連絡するね。


聖の大親友なほほんより』

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