真夜中の古事記 71話から80話

【登場人物】


氷川航(ひかわわたる)

45歳。最近、ホテルの夜間フロントのアルバイトを始めた。新人なのにおじさん。家族はフルタイムで働く妻と小学1年生の娘がいる。


浅間陽(あさまひなた)

33歳。大学生の頃からホテルのフロントで働いている。趣味はスポーツ観戦。特に欧州サッカー好き。給与は手取りで18万円程度。同棲中の聖と結婚したいが低収入で決断に至らない。


聖(ひじり)

29歳。陽の恋人で2人は同棲している。陽の同僚で日勤専属で働いている。


五十嵐さん

45歳。ホテル業一筋23年。急遽上司が異動になり、とんでもない仕事量を抱えることになる。真面目人間。航の採用面接時の面接官の1人でもある。


掛川さん

社会人3年目の若手フロントマン。電車が好き。

最近、自己啓発にハマっている。


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少しの沈黙ののち、航が口を開いた。


「浅間さんの理想の人生ってどんなですか?」


「え?理想の人生ですか???」


陽はその質問にすぐには答えられなかった。そしてしばらくして口を開いた。


「そうですね。好きな仕事をしていて、お金の心配がなく、子供が2人。あ、もちろん母親は聖ですよ。


家も車も持っていて。時々、家族で海外旅行行ったりして…どうせなら海外サッカー見たいですね」


航は楽しそうに聞いていた。


「いいですね。


で、そんな大人を見たことありますか?」


陽は伏し目がちになった。


「いえ…ないです」


「じゃ、どうしましょうか?」


「うーん、やっぱりそういう生活をしている人の本を読むとか…それしか思いつきませんねー。もしくは諦めるか…そもそもそんな生活を送ることが出来るのは才能のある選ばれた人だけでしょうね」


「まぁざっくりですけど、今、自己啓発本にハマっている掛川さんはそのスタートラインにいます。あ、知らない世界に触れるという意味で。


おそらく…おそらくですが、彼は今後…アホみたいに高いセミナーなんかに参加するようになるでしょうね。とても素直な性格だし」


「セミナー???


セミナーって洗脳とかするやつですか???」


航は笑った。


「いやいや、そんなに悪いものばかりではありませんよ。浅間さん、警戒心強いなぁ。


お恥ずかしい話ですが…


僕も散々行きましたよ、高額セミナー」


「こ、高額セミナー???


それって、いくらくらいするんですか?」


陽はドキドキしながら聞いた。


「ピンキリですが…


僕が最初に行ったのは2日間で15万円くらいでしたねー」


「じゅ、じゅ、15万円っ!!!?」


「それだけじゃないですよ。そこから色々行きましたからねー。


こう見えてもけっこうお金かかってるんですよ」


航は笑った。


「で、どうなったんですか?


15万円も払ったら何か凄い効果が???」


「どうなったかって…


今の僕を見てください。45歳でフリーターになったんですよ」


「セミナーって…もちろんすべてが無駄だなんて思いませんが、実態の無いビジネスかもしれませんね。


やってるうちは気持ちいいんですよ。「自分は今、みんなの知らない世界に来てるんだぞ」「お前たちが遊んでる間、俺は成功者の話を聞きに来てるんだぞ」ってね。


でも、そこからうまくいった人を僕はほとんど知りません」


「うーん、でも立派な人たちの話を聞くなんて、普段出来ないし…とてもためになるんじゃないでしょうか?」


陽は力なく言った。


「立派か…


浅間さん、子供の頃、知らない人についていっちゃダメだよって言われませんでしたか?」


陽は少し戸惑った。


「いきなりなんの話ですか?


言われましたよ、もちろん」


「本を書いてる人って…その相手って知らない人ですよね?


なんで知らない人の話、信じるんですか?


なんで立派だってわかるんですか?」


「えっ!?た、たしかに…」


「みんなね、権威に弱いんです。


本を書いてる人は素晴らしい人に違いないって。


もちろん、素晴らしい人もたくさんいると思いますよ。でもね、そこはビジネスですから。


悪意のあるなしは置いておいて…それだけのお金を払って結果が伴わないのはどうかと思います。


セミナーもね、最初のキッカケには良いと思いますよ。でも、どっぷりとハマらないほうが、僕はいいと思う」


さらに航は続けた。


「浅間さん、さっき海外旅行に行きたいとか家が欲しいとか、車が欲しいとか…それ本心ですか?」


「え?


そんなに深く考えていませんでしたが…


うーん、夢って言えばそんなもんかと…」


「僕もね、そんな風に思ってました。


親孝行したい。親を海外旅行に連れて行ってあげたい。


そのためには今の自分ではダメだってね。


当たり前だけど、幸せの基準なんて人それぞれですよ。


一度、浅間さんの幸せが何なのかをみつめてみてもいいかもしれませんね。


あ、でも、僕みたいな知らない人の言うこと信じちゃダメですよ」


それを聞いた陽は苦笑いした。そして、ハッとして言った。


「氷川さん、もうこんな時間っ!!


すみません、休んでください」


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03時50分


「おはようございます」


「掛川くん、おはよー。


寝れた?」


掛川くんは大きなあくびをした。


「それが…


氷川さんが貸してくれたアドラーの本が面白すぎて…


寝ないで読んじゃいました。最後まで」


そう言う掛川君の手には浅間さんからもらった本が握られていた。


「え!?もう読み終えちゃったの???」


「まぁそんなに文量もないですし…


とにかく面白かったです」


最近は古本屋でマンガの立ち読み専門の陽だったが、もともとは読書が好きだった。


「掛川くん、その本、オレにも貸してもらえないかな?」


「え?もちろんいいですけど」


そう言うと掛川君は陽に本を渡した。


「ありがとう。読み終えたらすぐに返すから」


陽は掛川君から本を受け取ると、バッグの中にしまった。


「浅間さん、何か引継ぎ事項ありますか?」


掛川君が聞いてきた。


「ううん。何もないよ。順調そのもの」


「わかりました。じゃ浅間さん、おやすみなさい」


掛川君はそういうとバッグから別の本を取り出した。


その本には『幸せに生きる!大富豪の導き』と書かれていた。


「掛川君…」


「はい?」


「その本、面白い?」


「めっちゃ面白いです。


僕、例えば五十嵐さんのこと、好きだし尊敬していますけど、20年後とか30年後とか…申し訳ないですけど、ああはなりたくないなって思うようになりました。


なんというか…身近なところに目指すべき大人がいないんです。


それに…なんとなくこのままじゃいけない気はします。きっと日本の経済事情も変わってると思いますしね。


僕、仕事でお金を得るからには自己成長とか見返りを求めるのでなく、自分の出来ることを提供すべきだと思っていますが…


もし、この本に書かれているように自分の得意なことや好きなことをマネタイズしていけたら最高だなって思います」


「マネタイズ?」


「あ、得意なことお金に変えるということです」


「それって自分のビジネスを持つということ?」


「それはまだわかりませんけど…


そんな人生を送れたらいいなって思います。


今は自分が好きなことも得意なこともわかりませんけど」


「へー、なんかすごいな…


あ、いけね、オレもう寝ないとな。


あとはよろしくね、おやすみー」


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仮眠に入った陽は横になっても眠ることが出来なかった。


「オレの幸せって…なんなんだろう…」


陽は航に言われた言葉を思い出していた。


「やっぱりアレだよな…


聖と結婚したいし、聖を幸せにしたいよな。


そのためには、、、


やっぱりネックは給料だよなぁー


三木部長との面談も流れちゃったし…


転職するにしても、もう33歳だもんなー


オレ、なんの資格もないし。どこも取ってくれないだろうなー。


でも、なんの資格取ればいいんだろ???」


陽の思考はグルグルとループし、目が冴えてとても眠れそうになかった。


「…そうだ」


陽はバッグから掛川君に借りた本を取り出した。そして、パラパラとメージをめくり読み始めた。考えるのをやめて読書でもしていればすぐに眠気が襲ってくるだろう。


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04時45分


「おはようございます」


仮眠から戻った航は掛川さんに声をかけた。掛川さんは本を読んでいた。


「おはようございます。


アドラーの本、ありがとうございました。とても面白くて一気に読み終えてしまいました」


「え!もう読み終えたんですか!?


喜んでもらえたら嬉しいです」


「さっき浅間さんに貸してほしいと言われ…


貸しちゃったんですけど、大丈夫ですか?」


「ええ、もちろん。掛川さんに差し上げたものですから。


ん?その本はなんですか?」


「これですか?


『幸せに生きる!大富豪の導き』って本ですけど。この方、ベストセラーを何冊も出してるんですよ」


掛川さんは航に本を差し出してきた。


「ああ、有名ですよね。僕もこの方の本、何冊も読みましたよ。


セミナーに行ったこともあります」


それを聞いた掛川さんの目が輝いた。


「え?セミナーに行ったことがあるんですか?


値段、高くないですか?


そもそもこの方、日本にいるんですかね???」


「さぁ、どうでしょうね???


僕がセミナーに行った時はボストンに住んでいらして…ちょうど帰国するタイミングでセミナーがあったんですよ。それで参加しました。


ホームページを見てみたらどうですか?」


航がそう言いながら、パラパラとページをめくると、本の隙間から小さなチラシが飛び出し床に落ちた。


掛川さんはそれを拾い上げた。


「ん?」


そこには


「幸せに生きる!大富豪の導きセミナー〜読者限定100名ご招待〜」


と書かれていた。


掛川さんは興奮気味に言った。


「この人のセミナーって、1日で数万円するんですよね?それを招待してくれるなんて!!


でも100名か…当たったら嬉しいんだけどなー」


掛川さんは早速チラシに印刷されたQRコードをスマホで読み取り、応募ページにアクセスして手続きした。航はその行動の早さに感心した。


「当たるかわからないけど、休みの申請出した方がいいかなー」


航は笑いをこらえながら言った。


「掛川さん、大丈夫。きっと当たると思いますよ」


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07時15分


「浅間さん、戻ってきませんね。


今までこんなこと一度もなかったのに」


掛川さんは不思議そうに言った。仮眠に入った陽は、時間になっても戻らなかった。


「ちょっと僕、見てきます」


航はそう言って掛川さんの了承を得ると、その場を外れた。



コンコンコン…


どこか遠くから音が聞こえてくるような気がした。


コンコンコン…


「はっ!!」


2回目の音で、陽は飛び起きた。昨日、掛川君に借りた本を読んでいるうちに、いつのまにか眠ってしまったらしい。心臓がバクバクと音を立てている。


陽はスマホの画面を見て時間を確かめた。


(やばっ、寝過ごした)


「浅間さーん」


ドアの向こうから航の声が聞こえてきた。


「あ。すみません。寝過ごしました。


すぐ行きます!!」


航の声が返ってくる。


「わかりました」


陽は急いで顔を洗い歯を磨く。着替えをし準備を整えるとすぐにフロントバックに向かった。


ガチャッ!!


「掛川君、ごめんごめん」


「浅間さん、おはようございます。


浅間さんが寝過ごすなんて初めてですね。体調は大丈夫ですか?」


「大丈夫、大丈夫。スマホの目覚ましセットするの忘れてたよ。本当に申し訳ない」


掛川君は笑って言った。


「大丈夫ですよ。


今日は氷川さんもいますしね。3人体制って楽ですよねー。ずっとこのままならいいのに。


それに…浅間さんにもそういうことあるんだって、逆にホッとしました」


続いて陽は航にも謝った。


「氷川さん、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」


「いえいえ、ご迷惑だなんて…それに、僕は研修中ですから」


掛川さんが割って入った。


「浅間さん、気にすることないですよ。


それに、朴さんなんてしょっちゅう寝過ごしてますから。あの人、本当に朝弱いからなー。


この間なんて8時あがりなのに誰も気づかず、11時まで寝てたんですから。


3時間の寝坊残業」


掛川さんが面白おかしくそう言うと、陽は苦笑いをした。


それを聞いた航は思った。


(浅間さんは、みんなに好かれているな)


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07時45分


「おはようございます」


聖が出勤してきた。航と陽は掛川さんと一緒に並んでフロントに立っていた。


「あの〜、氷川さん…」


「ん?なんですか?」


陽は申し訳なさそうに言った。


「この後、時間ありませんか?」


「この後って、勤務の後にですか?」


「は、はい…」


「僕は全然大丈夫ですけど」


「氷川さんは8時あがりだけど、僕は10時までなんですよねー。


失礼は承知の上なんですが、どうしても昨日の続きというか…もう少しお話したいんです。


ちょっと…次に氷川さんと勤務が重なるときまで待てないというか…」


航は少し驚いた顔をして言った。


「もちろんいいですよ。じゃあ駅前のカフェで待ち合わせましょう。


浅間さんが10時上がりだから、だいたい10時半でいいですよね?」


陽の表情が明るくなった。


「ありがとうございます。はい10時半くらいで。


氷川さん、連絡先、教えてもらってもいいですか?


掛川君、ちょっと、一瞬、外すね」


「はーい」


陽は航をフロントバックに誘った。2人はスマホを取り出すと、素早く連絡先を交換した。


その様子を聖が不思議そうに見ていた。


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08時10分


「お先に失礼します。


浅間さん、また後ほど」


航はそう言うと更衣室へ向かった。


陽は聖と並んでフロントに立った。


時折、チェックアウトの宿泊者が姿を見せる程度でロビーは閑散としていた。


「ヨウ、氷川さんと連絡先交換したの?」


聖が話しかけてきた。


「うん、昨日、色々話してさ。


話し足りないからこの後カフェで待ち合わせしたんだ」


「へー、そうなんだ。


それ、楽しそうだね。私も行きたかったなー。氷川さんとは入れ違いだし、ほとんどお話したことないし。


ヨウ、氷川さんと仲良くなれて良かったね」


「え?浅間さん、この後、氷川さんとカフェ行くんですか?」


陽と聖の会話を聞いた掛川君が話しかけてきた。


「うん、昨日の夜、色々話してたら面白くてさ。話し足りないんだけど、毎回勤務が重なるわけじゃないから。無理言ってお願いしたんだ」


「いいなー、僕も聞きたいです。


氷川さん、僕が好きな作家さんのセミナーなんかに参加されたことあるみたいで。


そういう普通では聞けない話って為になると思うんですよねー」


陽が聞いた。


「作家さんって、昨日読んでた本の?


大富豪のなんとかって言う…」


「はい。『幸せに生きる!大富豪の導き』です」


聖が掛川君に話しかけた。


「掛川君はその作家さんのセミナーに参加したいんだ」


「はい、そうです。


でも、高いんですよ、セミナー。1日で何万円もするんです」


「げ?そんなに高いんだ」


聖はびっくりした。


「はい。僕も頑張れば行けなくはないですけど…。


実は読者プレゼントで無料招待を募集していて。さっき申し込んだんですよー。


当たらないかなー」


「そっか。掛川君、当たるといいね」


聖がそう言う横で、陽は思った。


(これは、氷川さんの言った通りの展開になってきたな…)


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08時50分


仕事を終えた航は一度帰宅していた。シャワーを浴び、さっぱりするとテーブルの上にスマホと手帳を置き、スケジュールの確認をした。


19:00〜東京駅、江本さん


今日は19時にビジネス交流会で知り合った江本さんに会う予定になっていた。交流会に誘ってくれた吉川さんも顔を出したい、と言っていた。


陽から急な誘いを受けるのはもちろん予定外の出来事だった。航はザッと頭の中で1日のスケジュールをイメージした。今日も夜勤がある。


そして呟いた。


「ま、なんとかなるだろう…」


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09時50分


一度帰宅した航は自転車に乗り、駅前のカフェに向かって出発した。


駐輪場に自転車を止める。目的のカフェに向けて歩き出すと、目の前をスーツ姿のビジネスマンか行ったり来たりしていた。新幹線が止まるこの駅は、オフィス街だが近くに大きなコンサート会場やスタジアムもあり、イベントのある日は大変賑わう。


駅周辺の様相は、航が学生の頃に比べると随分と変わった。しかし、当時の風景を思い出そうとしても、それを脳内で再現するのは簡単ではなかった。


「昔はショッピングモールも駅直結のあんな綺麗なホテルもなかったよな。そうそう、あのスタジアムもなかったんだよなぁ。


記憶なんてどんどん上書きされちゃうんだな…」


航は1人で呟いた。


環状道路の向こう側に航と陽が勤めるホテルが見える。こうして外から見ると、自分があのホテルのフロントに立ってるなんで、なんだか不思議な気分だった。そして、家を出て15分後にはカフェの前にいた。


航はカフェに入ろうとしたが、思いとどまり地下道を通り線路下をくぐると駅の反対側に出た。環状道路側である北口が「表」ならば、こちらの南口はおおよそ「裏」とでも言ったところだろう。ホテルやショッピングモールが立ち並ぶ北口とは裏腹に、ひっそりとした住宅地が広がっている。


そこに個人経営の小さなカフェがあった。


少名彦コーヒー。


航は前からこのカフェに来たいと思っていたが、なかなかその機会がなかった。


「実にいい名前だ」


航は呟くと、扉を押し店内に入っていった。


店内はアンティーク調の作りで、控えめな照明も相まって落ちついた雰囲気を醸し出していた。航はタイムトリップしたような気持ちになった。


航は革張りの椅子に腰を下ろし、アイスコーヒーを注文した。そして、SNSで陽へメッセージを送った。


「南口の少名彦コーヒーに入りました。慌てずに来てください。氷川」


航は腕時計に目をやった。約束の10時30分までまだ20分近くある。


航は一つ、あくびをした。夜勤明けの体は重い。


けれど航は陽の申し出をとても嬉しく思っていた。彼は33歳。自分もほんのつい最近までそのくらいの年齢だったような気がする。


でもきっと…陽からみた航は、相当年上に見えているんだろう。航は自分を33歳に置き換えて、そんなことを想像した。


「12コも違うんだもんな…


オレが45歳か…信じられないな」


航は自分の12年前のことをぼんやりと思い出していた。


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10時15分


「掛川くん、今日は11時あがりだね、あと少しがんばって。


聖、河村ちゃん、あとよろしくね」


「ヨウ、急がないと氷川さんとの約束に遅れるよー」


「浅間さん、お疲れ様でした」


陽は引き継ぎを終えると、急いで更衣室に向かった。手早く着替えを済ますと、スマホを操作した。


航からメッセージが届いていた。


「ん?南口?しょうめいひこコーヒー?


読み方あってるのかな?


浅間さん、なんでわざわざ南口にしたんだろ?


ま、いっか」


陽はすぐに返事を返した。


「お待たせしてすみません。今から向かいます」


待ち合わせの時間は10時30分だったが、陽は人を待たせるのが嫌いだった。慌てずに…と言われてもどこか慌ててしまう。


陽はICカードで打刻を済ますと、通用口から建物の外に出た。そして、小走りで駅の方向へ向かった。


地下道を抜け、南口へ出るとすぐに目当てのカフェは見つかった。


少名彦コーヒー。


「あれだな。」


陽は少名彦コーヒーを見つけると、すぐに店内に入っていった。


ガラン


「浅間さん、お疲れ様」


店内に入るとすぐ航が声をかけた。


陽は航の座るテーブルに近づくと丁寧に頭を下げた。


「今日はお時間を作っていただきありがとうございます」


航は笑った。


「そんなそんな、さぁ座ってください。


僕も浅間さんとお話するの楽しいですから」


「ありがとうございます」


陽はそう言うと、航の向かいに腰かけた。


陽は腰掛けると航に話しかけた。


「夜勤明けでお疲れなのに申し訳ありません。さっそくなんですけど…」


航は笑いながら言った。


「浅間さん、とりあえずなにか頼みませんか?」


陽はハッとした。


「あ、そうでした!


それ、美味しそうですね」


航の前には大きめな銅製のマグカップが置かれており、その中になみなみとアイスコーヒーが注がれていた。


陽も航と同じアイスコーヒーを注文した。


やがて、目の前にアイスコーヒーが運ばれてくると、陽は店員に丁寧にお礼を言った。


そして、ミルクとガムシロップを大量に注いだ。


「僕、甘いのが好きなんですよ。子供みたいですけど」


みるみるうちに陽のアイスコーヒーは茅色に変化していった。


「浅間さん、それカフェオレになっちゃうよ」


そう言って航が笑うと、陽も笑った。


「たしかにそうですね」


航が言った。一気にその場が和んだ。


「銅製のマグカップ。これいいですよね。


子供の頃、祖父母の家に遊びに行くと、よく近所のステーキ屋に連れて行ってもらいました。


食後にコーヒーかアイスを選ぶことができて…


子供たちはアイスを選ぶんですけど…大人たちが頼むアイスコーヒーは銅製のマグカップに入っていて、やたらと美味しそうに見えました」


陽も同意した。


「僕、こんなマグカップでアイスコーヒー飲むの…あ、カフェオレかな…はじめてです。


僕には浅間さんのような思い出はないけど、なんだか懐かしい気がしますね」


「全然関係ないんですけど…」


「はい?」


「うさぎおいしかのやま〜…って歌あるじゃないですか?」


「ああ、えっと…タイトルわかりませんけど、聞いたことあります」


「僕、うさぎ追ったことないけど、何となく懐かしく感じるんですよね」


「ああ、僕も…なんとなく懐かしい気持ちになりますよ」


「え?浅間さんもですか?まだ若いのに?」


「はい、なんでなんですかね?


でも、掛川君とか河村ちゃんとか…20代前半の彼らはどうなんですかね?


ある程度歳をとると懐かしく感じるのかもしれませんね?」


その時、航が言った。


「浅間さん、一つ聞いていいですか?」


陽は少し驚いた。話を聞きたいのは自分の方なのに航から質問があるとは思っていなかった。


「は、はい。もちろんです」


「さっき、店員さんがアイスコーヒーを運んできてくれた時、お礼を言ったでしょ?


あれって何でですか?」

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